後日談一 麗しき恋は頭痛の種
私たちの世界に渡航してきたネルウァさんとフェッシルさんはなぜか日本国籍を持っていた。
煌はありえなーい! と騒いで、刑務所にぶちこもうとしていたけど、無理だった。だって二人はなぜか正式な日本国民だったのだから。
……神様の威力を痛感する日は、その時以外ないように思う。
しかもしかも、フェッシルさんは私たちが通う大学の教師としてやってきて、ネルウァさんは同級生になっていた。
な、なにを言っているのか解らないと思うけど、私もまったく理解できない。でもそれが目を背けられない現実である。
煌じゃないけど、ありえなーい! と騒ぎたくなるアンビリーバボーな現象だった。
私は中高に引き続き、大学でも天文サークルに入っている。
いつもなら天体の話題ってだけで気分は明るくなるんだけど、今日に限って心を晴らしてくれるオアシスにはなってくれなかった。
「……庚月さん、大丈夫? なんか、目が死んでいるんだけど……」
「そう見えます? ふっふふ……」
「ダメだ、手遅れだ」
無情なメンバーな話し声にすら、私は乾いた笑いしか出てこなかった。
あの二人がやってきてからというもの、私の日常には騒ぎがつきものになってしまった。
今は煌の鉄壁のガードのお陰で、私はさほど被害を被っていない。というかまともに構っても疲れるだけだから、放置プレイしているとも言う。
煌の恋人である佐東くんは本当にデキた人で、「煌でよかったら使うといい。むしろ、使ってほしい」と深刻そうな顔で言ってくれたほどだ。
この二人にはいつか、なんらかの形で恩返しをしたいものだわ。
それでどうして今日は沈んでいるのかというと、例の二人がサークルに乱入した挙句、大立ち回りをはじめたからだ。
「……あの二人、格好いいのに残念よね」
「うんうん、会話を聴いていると頭が可哀相な感じ。格好いいのにもったいない」
「というかダメ人間よね」
女子陣のシビアなご意見に、私の耳が痛くて仕方なかった。
「ユウ。こいつに呑み比べて勝ったら、僕の願いを叶えてほしい」
「どさくさに紛れてなにを言うのかと思ったら……この不埒者の言うことなど無視すべきです。そして、代わりに私の願いを聴いてください」
「……僕が不埒者なら、お前は害虫……」
「ハッ、害虫ときましたか。幽霊と見間違えられるような貴様には言われたくないものですね! 生きた者ですらない人間と比べたら、害虫でも遙かにマシです」
ばちばちばちばちばちばち。
絶え間ない火花が、今この瞬間も派手に散っていた。
メンバーたちはお酒も入っているせいか、普段の四乗でノリがよく、二人を煽り立てている。っていうかフェッシルさんにいたっては教師なんだけど、これは許されることなのかしら……。
二人が日本にやってきたあの日以降、私が直接的な被害をこうむっていないのは、互いに互いを牽制し合っていることも関係しているだろう。
あーあ、本当にどうしてこうなったのかしら。
注文したウーロン茶が入ったグラスを呷っていると、隣に座っていた男の人が肩を抱いてきた。
「君も可哀相に、あんなストーカーに好かれてさ。……よ、よかったら俺がどうにかしてあげ――ぐはっ」
「薄汚いその手で、触れるな。ユウが穢れてしまう」
「こればかりはよくやりました。グッジョブです」
素晴らしいスイングで、ネルウァさんが一升瓶を投げつけてきた。見事額にクリーンヒットし、その人はもんどりうって倒れる。
……さ、殺人未遂の現場を目撃してしまった……! 額が割れた様子がないのは幸いなのか……絶妙な力加減だ。というかぶつかったはずなのに瓶が割れてすらいないってどういうこと?
ぶるぶるぶると震える私を尻目に、会場の盛り上がりは最高潮に達している。
「ひゅー! アンタ、男の鑑だぜ!」
「コーヅキさーん、この熱烈な愛の告白にはなんて返事するんですかー?」
「………………地球、爆発しないかしら」
昏倒した男に慰め程度の濡れタオルをかけてあげながら、私はそんなことを呟いてみた。
うちのメンバーは懐が広いにも限度があると思う。ただ、そう……返事だ。もっともである。
私が返事をすれば、この騒動も治まる気はしないでもない。だけど自分の気持ちがよく、解らなくなっていた。
煌から「夕って案外流されやすいよね、尻軽っていうの?」なんて言われても、押し黙るしかできなかったくらい私はふらついている。
これはいっそのこと、別の相手を見つけるべきなのかもしれない。
だって選べるわけがないのだ。現実味がない以前に、私は二人とも元々嫌いじゃなかったし――好ましく、思っている。
ただあっちの世界にいた頃、最後はネルウァさんが気になっていた。ネルウァさんが心に住み着いていたから、どんな人と出逢ってもぴんとこなかったのだ。
でもこっちに来た初日の、フェッシルさんの行動にも胸が揺さぶられた。別にキスされたからじゃない。なんというか、そう……ギャップ、という魔法がいまだ解けていないのだ。
このままじゃダメだって解っているけど、二人いっぺんに迫られると逃げたくなるし、問題に直面する日を先延ばしにしたくなる。
恋愛スキルが〇な私に、神様も酷な試練を与えてくれたものだ。こういうのは悪女に降りかかるべき試練だと思うのよね。
「ユウ、見ていて。この勝負に勝って、君との時間を手に入れてみせる」
「おやおや、叶わぬ夢を口にするなど……さすが夢見る夢男、寝言は寝ている時に言うべきです」
「お前の寝言には敵わない」
二人とも少しも声を荒げていないのに、半端ない覇気があった。
だけどここは宴会。宴会にとってそんな覇気は、ちょっとしたスパイスにしかならない。
二人は対峙し、一升瓶をラッパ飲みしはじめた。む、無茶苦茶だぁ……! 介護は私がすることになるだろうから、ウーロン茶でセーブしていて正解だったわ。
「でもあんなに想われてちょっと羨ましいかもー」
「ねー。見た目だけはいい男だもんね!」
……二人いやもしくはどっちかが、本当に見た目だけの男ならこんなに悩まなかったってのよ。
はぁああ。
ドツボにはまっていく人生に遠い目をしていると、入り口も騒がしくなった。そこから姿を現したのは、私の双子の妹の煌だった。
煌はネルウァさんとフェッシルさんを見つけると、地獄の底を這うようなドスが利いた声を吐き出す。
「きーみーたーちー……また夕に迷惑をかけに来たのか! ほんっとどこまでもダメ男だね! このマダ男! そんなクズの分際で、夕に近づくのは許されないよ!」
「あ、キラ。元気そうだ」
「ええ、まことに。こんなところで無駄な気力を溌剌とさせるくらいなら、恋人の傍にいらっしゃればよろしいのに」
「うん元気だから、今は君たちを心底痛めつけたい気分! 歯ァ食いしばれぇッ!」
座布団が乱れ飛ぶ。グラスが宙を舞う。人もついでに舞った。幸いグラスはプラスチックだから割れていないけど、キャッチした人はそれでジャグリングをやりはじめた。
……カオスだ、果てしなくカオスだわ。
煌が踏みこんできた時点で避難した私は、握りしめていた携帯を開く。うん、佐東くんに回収してもらおう。
もう暗記してしまった携帯番号を打ちながら、これぞまさしく自業自得なんだと思い知らされていた。
私の恋路は、まだ頭痛の種になりそうです。
Fin...
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