第十一幕 月夜の都の夜明け
ぐるぐるぐるぐる。
この目に映るものはなにもない。ただ闇と光、それらの要素が交互に視界を灼く。
次第に吐き気がした頃、終わりが訪れた。放り出された先は白い石造りでできた室内。無機質で、冷たく寒々しい。
知らないうちに詰めていた息を、咳と一緒に吐き出した。左右を確認すれば、あの神様の言う通り宗総たちも転がっている。
改めてホッとしていれば、すぐ目と鼻の先から硬質に響く靴音がした。そろりと目線を持ち上げて、私は心底驚倒した。
眼前に佇んでいたのは、今まで出会った『神』に勝るとも劣らない容色の持ち主だった。思わずごくりと唾を呑みこむ。
美しいけど、男だと判別がつく。その人はどこか憮然とした面持ちで、にこりともしないで私たちを眺めるとこう言った。
「ようこそ、我が塔へ」
男の人の名はカルメンで、占い師らしい。占い師っていうところはさもありなんって感じだ。偏見承知で装いからして、水晶玉の上で手をかざしていそうだしね。あの親切だけど怪しげな女の占い師によく似ている。
それよりカルメンって女性名だと思うけど、こっちの常識はよく知らないからきっとありなんだろう。
最初「私のあとについてこい」と言ったっきり、占い師はただ黙々と歩く。
白亜の外壁でできた塔を出れば、壮麗で荘厳……そんな煌びやかな単語が似合いそうな城の中へと足を踏み入れていく。
一度皇子の国で城の内部は見たことがあったけど、違う国というべきか。外観も内装も、趣がまったく異なる。近しいというのなら中国か、日本か……なんとなく、既視感を覚えた。
なぜか占い師を見た瞬間、城内にいたほとんどの人たちが足を止めては軽くお辞儀をしていた。あんな辺鄙なところに住んでいるけど、実は偉かったりするんだろうか?
連れてこられたのは、いつかのようにやっぱり謁見室。その中には威厳のある老人たちの他に、まだ青年と呼べる外見年齢の若い男の人が二人いた。
一人は三段ほど高い場所――あれはそう、高御座だったか。あの玉座とよく似たものに、深く腰かけている。もう一人は執事のような傅き具合だけど、命令を待つ忠犬のように一段目に立っていた。
玉座に就いているってことは、やっぱり……そういう身分、だよね? いいのかなと戸惑いつつ歩みを進める。
多分きっと王様であろう方の男の人が、まず身を乗り出す。無邪気に目を輝かせ、朗らかに声をかけてきた。
「大叔父様! 私が聖位を継いでから、久方ぶりに外に出たんじゃありませんか? 私が死ぬまで、あの湿った塔から出てこないと思ったのですが……たんにお客人を連れてきただけですか。一人は知っています。ヒメル大陸の第三皇子、バジル。他数名はとんと記憶にないのですが……例の旅人でしょうか」
「……物分りが早くて助かる。私はそう幾度も説明をするのは好かない。我が住み処に舞い降りたゆえ、ここまで連れて来た。あとはお前に任せよう。……私は少し、疲労した」
「はいはい、ご足労ありがとうございますよっと。肉体だけは若いんだから、横着はするものじゃないと思うんですけどね。……さて、少し横道に逸れてしまいましたが本題に戻りましょう」
なんか二人の間だけで意思の疎通が成り立っているようだけど、私たちにとったらちんぷんかんぷんだ。
……王様ってなんかこう、もっと堅苦しいものだと思ったんだけど……話し方だけは妙に親しみを帯びているけど、まとうオーラは皇子の父親のそれとよく似ている。つまり、覇者たる気というんだろうか。
すぐさま踵を返した占い師の姿は、扉の向こうへと消えていく。……うーん、なんかこれだけで性格が読めてきたぞ。
そんなことを考えていたから、居住まいを正して向き直られるとびくっとしてしまった。
「“狂気の聖女”エヴァの第一子にして、我らが愛すべき故郷を治めし時の者。“騒乱の聖上”バシレイオスです。あなたがたの名も聞かせてもらえますかね?」
「僕は知っての通り、バジルです。右からシグレ、シノ、カズサ、ディアーヌ……聞きしに勝りしフォルモント聖王たるバシレイオス陛下のお目通りに適い、至福です」
そう告げるより早かったか。皇子は優雅に跪き、頭を垂れる。それは間違いなく恭順の意で、こんな皇子は見たことなかったから内心少し慌てた。
えーっと、こういう場合……私たちも倣った方がいいんだろうか? 揃いも揃って戸惑いで凍りついていたら、先にあっちの方から水を向けてきた。
「女神の神託が下りましたので、状況は解っています。ただ、そう……私共も、あなたがたに協力できる状況ではないのですよ」
女神っていうのは、やっぱりあの勇ましい赤髪の神様だろうか。
だけど、知っているのに協力できないって……どういうこと? 私たち召喚組は口を挟めないから、ただ無言で顔を見合わせるしかない。
代わりに発言権を持つ皇子が目を丸くし、素っ頓狂な声を発する。
「へ、それは……」
「なにせ、この世界の滅びの一端を――我らが愛すべき故郷、並びに私の血族が握っているのですから」
にこにこにこにこ。温和に微笑み続ける王様の表情は寸分も揺るがない。皇子の父親同様に曲者であることはすぐ判る。
だけど発言内容はそれなりに衝撃的なことで。妙に軽い声と明るい瞳が、ひどく印象的だった。
「公表はしていないんですけどね、私の子供たちには双子がいるのですよ」
「ふ、双子だって!?」
それはめでたいことだなって返せばいいのか? そうなのか?
真顔で問いかけたくなったけど、皇子の素直な反応からするに重大なことのようだ。
「滅びの宣告を受けた数年後に産まれたんですよ。つまりそこから終焉に近づいてもいたわけですが……どうせ滅びるのなら、わざわざ殺す必要はないじゃありませんか」
爽やかスマイルが炸裂する。皇子以上に無意味に爽やかな人間って初めて見たかも。
しかし、殺すのなんのって穏やかしくない単語だ。さっきまではなんの変哲もなかった空気も、双子発言からこっち緊張感を孕んでいる。
「どうして、フォルモントの聖王のあなたがそんなことを……」
「ふむ、どうして。どうして、ですか。私共も疲れた、と言ってはいけませんかね?」
爽やかな王様はだらしなくひざ掛けに寄りかかり、薄青に染まった双眸を眇めた。
「なぜ……我らが愛すべき故郷だけが、このような宿命を背負わなければならないのでしょう? あなたがたはなにもせずとも、生き続けられる権利があった。それは私共が命を減らしてでも保たせてきた権利。ならば、次はあなたがたが私共に返してくれてもいいのではないのでしょうか?」
「……僕は、ヒメルの皇子です。だから、フォルモント聖族が“紡ぎ手”様と交わした約定の内容を知っています。この聖族における双子の意味も、重々理解しているつもりです。……言いたくないですけど、僕はヒメルの皇子として問わなくちゃいけない」
ここからじゃ背中しか見えないけど、皇子の声色に苦痛が交じる。それを王様は愉快そうに見やり、顎をしゃくった。
「ヒメル皇族は十二の氏族を総統する役目を背負っている。どうぞ? いかな発言でも、私は笑って受け止めて差し上げますよ」
「……一人の命と、数多の命じゃ……どっちが優先すべきことなのか、解ると……そう、思います……」
「そう、そこですよ!」
皇子の歯軋りが聞こえてきそうだった。到底あの皇子が口にするとは思えない発言だから、本当に不承不承口にしているんだろう。
それを受けた王様が声を立てて笑った。いや、正しくは嘲笑した。今まで朗らかだった目に冷酷な光が灯る。
「我が畏れ多くも麗しき、初代聖女王ミュスティカ……かの聖女王が交わした約定。そのことに対してなんら感慨はありませんし、先祖が選び取った道の一つ。それに私共も倣おうと思い、こうして三千年やってきたんですよ。外の人間に言われるまでもなくね! その間に産まれた双子の数、私の子供も含めると二十三回。そのうちの二十二回、二十二回も殺してきた。この意味が、わかります?」
にこにこと笑ってはいる。笑ってはいるけど、今までとは違った意味合いを帯びていた。
そこかしこから殺気が迸る。なんの根拠もなく、誰もが同じ志を抱いているとばかり思っていた。だけど、違う。少なくとも、この場に居合わせている連中は――限りなく敵に近い存在だ。
「しかも今回、双子が産まれる期間が短かった。私の母であり、先代聖女王のエヴァは双子の片割れでした。私の母は実の父を殺し、双子の弟を殺し、仇なす者すべてを自分の手を汚して粛清してきた、苛烈な人です。母の心は壊れていました。修復など不可能なほど痛ましく。真実、母は狂っていたのです。恐ろしいことではありますが、母を駆り立てたのはこの地への執着。護ろうと必死で、必死に壊れていくことを選んでいた。……私は、その姿を見ている。だからなおのこと、始末することができない」
爽やかなだけじゃない、強烈な覇気が消え失せる。そうすると、まるで枯れ果てた老木にしか見えない疲労感が露わとなった。
王様は疲れたように長息し、目を伏せた。
「バジル皇子、私はね……別に世界がどうなろうと変わりませんよ。私共が足掻いてきたのは必要だったから。でも、今必要だとはとてもじゃないですが思えないんですよ。そもそも、もう三千年も続いたのです。そろそろ終止符を打っても、いいのではないでしょうかね」
To be continued...
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