終幕 アリスは二度死ぬ
「……ス、…………リス、アリス!」
激しい揺さぶりと、強い語調によって覚醒する。
ぼうっとしながら身を起こし、辺りを見回せばカントリーハウスでは馴染みの庭園風景。水辺があるところからして、ここは林檎の木の下?
……今までのこと、全部夢だったのかしら。そのくらい代わり映えのない景色だったけど、視界の端にいるわけない人物が映り、本格的に思考回路の靄が取り除かれた。
「と、父様……?」
信じがたさをこめて、恐る恐る呼びかけてみる。するときつく抱きしめられた。
「ああっ主よ、ご慈悲に感謝いたします! よもや彼女と同じところに召されたかと――そうだ! その髪は、いったいどうしたというのだ? ま、まさか、嫌がらせを受けたのか? なんということだ! 娘に不逞を働くなど……ああ、大丈夫か? 痛くはないか? こうしちゃいられない。どこか傷を負っているかもしれない、医者を呼ぼう!」
「ちょ、ちょっと待って! 父様、落ち着いて!」
今までなら口にできなかっただろう制止の声を上げることができた。父様は動きを止め、わたしを凝視してくる。
その双眸の濃い緑は、母が身につけていた翡翠を想起させる。ひどく澄んでいて、わたしもじっと見返した。それから左手に視線を落とす。
薬指には、青い宝石も美しい銀の指輪が煌めいている。そして髪も短いっていうことは、夢オチってわけじゃない――現実なんだわ。それに譬えようもないほど安堵し、もう一度父を見つめた。
父様に心配されて――抱きしめられるだなんて、夢のような現実だ。瞳の奥に見え隠れする『我が子』への心配は見間違いなのかもしれないけど、わたしはハッとする。
冷遇されていると思っていたのは、もしかしてわたしだけ? だって母様も、父様は不器用な人だと言っていた。……都合のいい妄想なのかもしれない。それでも、いい。幸せな気分になれるなら、わざわざ現実とか夢とか……区別するなんて無粋もいいところだ。
わたしが見ようともしてこなかった現実。もう大丈夫、今のわたしなら言える。
利き手で指輪に触った。猫みたいな彼を思い出すと勇気が出て、奮い立つことができそうだ。
「父様、わたし……父様に、ずっと言いたかったことがあるの」
「アリス?」
わけが解らないというように、父は眉根を寄せた。それを気にせず、その首にかじりつく。
「いっぱい、いっぱい話したいことがあるわ。大好きな父様、聴いてくれる?」
今わたしができる精一杯の笑顔を作り、謳うように語りかける。
わたしの、夢みたいな日常は始まったばかりだった。
Fin...
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