跪いて足をお舐め


 申し訳ございません、と男は額を床につけた。
「私が欲しいのは謝罪じゃないの。あなたはそんなに馬鹿だった?」
「……今回だけはどうしても。許してください、女王様」
 女王様と呼ばれた女は一瞬その響きに酔い、しかしすぐに騙されまいと眉を寄せる。2月、わずかに開いた窓から凍るようなすきま風が届いていた。
「久しぶりだからって躊躇ってるの? 言ったはずよ、恥は忘れなさい」
「いえ、あの……」
 男が口ごもると、女は右手に握る鞭を振り上げ一気に引いて、うずくまる男の背中に赤線を残してみせる。うっ、っと彼の嗚咽は床に転がり、行き場を失って持て余した。
「思い出してみてよ。私のかかとを凝視して、鼻先ににんじんを吊るされた馬のような形相をしてたじゃない。この2ヶ月のあいだに一体なにがあったのかしら」
「べつに何も、ありません」
 黒革に光の反射がてかてかと、深夜の闇の中でも見て取れる。
「何でもおっしゃってください。ほかのことなら何でもやります」
「そう意地になられると余計燃えるねえ」
 にやりと意地悪く笑い、女は己の左爪先を男の眼前へ掲げて示した。ごくり、と彼が唾を飲んだその音が、静寂の中では存外響く。
「ほら、やっぱり欲しいんじゃない。それに――」
 視線は男の股間に移っていた。彼自身も了解しているのだ、彼女に従えば心身ともに充足を得られる、と。生理現象はだからこそ如実に彼の欲望を写し、物語る。
「あなたもそのままじゃ辛いでしょう?」
 アナタの3文字に巧みな妖艶さが絡み付いていても。男は抗った。女は疲れた。
「ダメです。無理です」
「……頑固だね。そこまでかたくなな理由を教えてよ。そうすればもう、解放してあげてもいい」
「それも無理です。言ったらきっと、あなたは怒る」
「へえ。私を怒らせられるなんて自己過信もいいとこだ。おもしろい、なんでも受けて立とう」
 気まずそうに男は沈黙する。短い逡巡を重ね、それでもやっと声を放った。その答えに、いつも冷酷を絶やさぬ「女王様」が珍しく赤面する。
「何かあったのは僕じゃない。女王様、2ヶ月の間に水虫になられたでしょう」
 彼の中で性的欲求に生理的嫌悪が勝る、珍しい一瞬でもあった。


[10/02/21]
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