不平の孤独学


「腹が痛いんだけど」

『え? なんでそれで電話してくんの?』

「あたしの身を案ずる前にまずそれか」

『案……ああ、大丈夫?』

「なんでこういう時には凡庸なのかな」

『あはは。じゃあね』

「いやいやいや待て。用があって掛けてんだこっちは」

『宿題なら彼女に頼らず自分でやって?』

「かつていちどでも頼ったことがあったか。じゃなくて、この腹痛はその彼女のせいだと言いたいの」

『はあ? 流石のわたしもどうやって人の体調を操作するのよ』

「よくもまあしゃあしゃあと……今日の昼休みを思い出せや」

『ひるやすみ。なんだっけ、ごはん食べてー日誌書いてー』

「そのあとどこに行った?」

『どこだっけ?』

「どこに行った?」

『どこだっけ?』

「美術準備室! 絵の続きとか言って騙しやがって」

『やだ。そんな単純な嘘にいまさら引っ掛かるなんて思わなかったもん』

「……。まあそこはいいや、今は」

『……』

「……」

『ふふ。わかってるわよ、わたしの攻めが過剰だった。激しすぎた。いう話でしょ』

「分かってんなら最初から言えよ回りくどい!」

『やーそれじゃ面白くないし? ……あのプレイのせいで腹痛になりました、ってこと?』

「まったくもってその通り」

『あー、ごめんなさいっ』

「え」

『わたしが調子にのって加減忘れたばっかりに……ごめんね』

「あ、いや、うん。分かってくれればいいし……実はそんなに怒ってないし」

『ほんとに怒ってない?』

「うん」

『ほんとに?』

「ほんとほんと。なんかこっちこそ気ぃ遣わせちゃってごめ」

『じゃあなんで電話掛けてきたの?』

「……はい?」

『怒ってないならさ。通話料だってバカにならないし、わたしに訴えたって痛みがおさまるわけじゃないし』

「それはそうだけど、気分的に」

『きぶん……、わたしと話したかった?』

「……一言謝ってもらいたかった」

『なんで?』

「なんでって、こういうのは理由じゃないじゃん!」

『いみわかんない』

「……」

『ってゆーかさ、昼休み抵抗しなかったよね!』

「えっ」

『むしろ乗り気だったよね。カーディガンのボタン自分ではずしてたよね』

「あれはだって、上に乗られて抵抗しようもなかったわけで」

『詭弁はそのうちくずれるよー』

「どのへんが詭弁!?」

『上に乗る前にさ、準備室入ってそのまま立ってる状態でキスしたじゃない。そのとき逃げられたはず』

「だってキスだけで終わると思ったから……」

『ふーん。じゃあキスは合意のうえだったってこと?』

「……結果的には、認めざるを得ないけど」

『詭弁の裏付けその二。そもそも最中も嫌がってなかったよね。痛いとも言わなかったしね。反論、できる?』

「その聞き方はずるい」

『じゃあ、楽しかった?』

「……その聞き方もずるい!」

『わがまま。ならいっそ質問しないからご自由に供述をどうぞ』

「……公共物をああいうことに使うのはいけないと思います」

『わ、まさかの一般論』

「だからこそ正しくはある」

『うん、そうだね。だけどそれを言うなら』

「まだきりかえせるの?」

『うん。学校で、公共の場で「ああいうこと」しちゃダメなんじゃない? いままでなんど誘われたかなぁ』

「この期におよんでそんな」

『あら、そっちが最初に掲げた論理ですが。それにさ、上に乗られてようと抵抗したかったなら自分から脱ぐことはないよね』

「あの場合脱ごうが脱がなかろうが先は決まってたんだから同じこと」

『うーん、そういうときにこそ意思表示って有意義じゃない?』

「なんで?」

『後々のこういう禅問答において言い逃れる道ができるから』

「なんで?」

『……そのくらい言わなくても分かるでしょ』

「挑発のつもり? 自分の言葉をもって説明できないんだ、れっきとしたファウルだね」

『もうしない?』

「は?」

『学校でしない、って。そう誓えるならとりあえずはわたしの負けだ。違う?』

「……違わない。たぶん」

『どう?』

「それは、放課後も含むの?」

『時間じゃなくて場所だもん、当然』

「じゃあ」

『はい?』

「じゃあ無理!」

『あは、正直でよろしい。わたしの勝ちね』

「? いや、それは違」

『ところでまだお腹は痛い?』

「……あ」

『よかったね回復して。いちばん歯切れのわるい終わり方だけど』

「うわーさいあく!」

『うまく持ってかれるし、通話料とられるし?』

「それに、今後一切の学校生活においてのエクスキューズを奪われた」

『むずかしくてなに言ってるかさっぱり』

「……。はあ。もういいや、切るね」

『ん。また明日』

「はい、おやすみ」

『だいすき。あいしてる。おやすみなさい』

「!」

『切るよ?』

「あぁ、さいあく……」


[09/12/29]
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