Round 5


 中学時代の体育教師ふたりが結婚した。事実婚ではなく日本国籍の人間なので、組み合わせは男女である。最近私は自意識過剰なのだろうか、こんなことまで逐一説明しなければ気が済まない。相手は限られた数名だけど。
 男のほうは、体育教師としか形容できない体育教師。天職にもほどがある。今どき中学生に純潔教育を試みる時代錯誤なところもたまらない。一方女にかんしては、私の中の記憶が薄い。若くてショートカットで中肉中背で……? ああ、やたら精神論を振りかざすのが好きだったことは覚えている。
「腹減った」
 数名の一員である凌が、薄暗い部屋のなか毛布を被って呟く。そういえば十時におにぎりをつまんで以来なにも口にしていなかった。窓の外はまだ暗い。日の出まで二時間といったところだろうか。冬の夜は長いのだ。
「なんか持ってこようか?」
「うーん……いいや」
 そう、と隣に潜り込む。彼女の胸の谷間に顔を埋めるのがマイブームなのだけど、当の凌はきまってなんだか複雑そうな表情をする。照れてるんだとしたらものすごく面白い(今更!)。
「あの保健の授業、おぼえてる?」
「君たちの本当に大切なひとのために、結婚するまでは清くいるんだ。男子諸君は女子を傷つけちゃいかん、男にあるまじき行為は慎むように……でしょ?」
 凌が一字一句違わぬ物真似をするもんだから思わず吹き出してしまった。うまい。どこで練習していたのか。
「んなこと言いながら自分は堂々とコンゼンコウショウってわけだ」
 授業の助手をしていた妻は「デキ婚なのー今流行りの」と冗談めかして、嬉しそうに、語っていたらしい。
「ほんと説得力ないよね」
「ま、あんな持論に説得力あっても困るけど」
「さすが凌。話わかってる」
 教師だろうとなんだろうと嘘も付けばセックスだってする。理屈では呑み込んでいても、あの二人がベッドで組み敷き組み敷かれあっているところを想像すると吐きたくなるほどの違和感があった。そんな自分がだれより気持ち悪い人間だとわかっても。
「……どっちかっていうと和室に布団のイメージかな」
 凌はクールに受け答える。その内容がクールかどうかはさておき。
「でもさ、自分は恋人とやらしいことしながら生徒に処女性の価値を説くって、矛盾に陥らないのが不思議」
「んー、シンプルなんじゃない?脳の構造が。自分と理想にキチッと線が引いてあるっつーか」
「バカって言ってるね」
 小さく笑って凌は私の頭を撫でた。赤ちゃんにでもなった気分だ。手が止まってもっとと催促すると、すこしの間の後ため息が返ってくる。
「なに」
「あたしらって馴れ合いすぎ」
「不満?」
「いやそうじゃなくて」
 そうじゃなくてなんなのか。そこまで言うと凌は黙ってしまった。くるりと私に背を向ける。私はその背中を右手で攻めはじめる。弱点を敵の目の前にさらすなんて凌もまだまだ詰めが甘い、なんて。
 鳥肌がたっていくのが、声を殺しているのがよく伝わってきた。
「……やめて」
「さっきの続き教えてくれたらね」
 言うと、凌は勢いよく私を向き直って宣言する。馴れ合いすぎてて、たまに不安になるんだよ。
「なんで? 不安?」
「失明しそう」
 もうしてるよ、いいじゃんべつに。目を伏せる凌は反論するだろうから、そうしたら私は少なからずショックを受けてしまうだろうから、声には出さないでおいた。ことばのかわりとかこつけてキスをひとつ。少なくとも私はこのひとに、ここ三年ほど依存してる。
 舌を入れると応じてくれた。お互いに知り尽くしているからとっても要領がいいのだ。前歯の裏を舌先でそろそろと舐められて、いとも簡単に我慢ならなくなってしまった。
「ねえ」
「やだ」呼び掛けだけで伝わったらしい。「もう何回したと思ってんの」
 そういえば、女同士でタッチ交代制のセックスって、どうやって一回と数えるんだろう。そんな疑問が一瞬よぎったけど、いまは自分の欲望が先だ。
「なによ、そっちから誘い掛けたくせに」
「関係ない。どっちにせよ同じことになった」
 ごもっともである。貴重なお泊まりの夜、恋人と楽しまないほうがおかしい。なんてったって若いしね。
「じゃあいいよ、ひとりでするから。ここで」
 いままでにない強行手段に出る私に、凌はちょっと首をかしげてから微笑んだ。
「それもありかも」
「え」
「みててあげる」
 珍しく高圧的な凌の口調に、何を血迷ったか私まで「それもありかも」と思わされる。自他共に認めるSの私は「みててあげる」立場の方に魅力を感じるはずなのに、などと逡巡しつつ心は決まっていた。変態カップルだ、これじゃあ。
「バカ」
 工面の悪態。ああ情けない。いつも私の言いなりなぶん、ここぞとばかりに楽しげな凌の瞳。おもむろにその右手をとった。この中指が、なにより。私も凌も、午前四時に浮かされている。
 結婚するまで処女でいろ、なんて先生、私たちにはまったく無理な話でした。


[09/07/13]
2style.net