へんな日
「千絵」
「はい?」と私は宿題の手を止めた。
怜ちゃんはいつもどおり私をじいっと見つめて、口を開く。
「わたしAセクシュアルかもしれない」
「エー……なにそれ?」
「Aセクシュアル、無性愛。簡単に言うと」
うーん、と唸って怜ちゃんは腕を組む。私はいまだに怜ちゃんのいった言葉を覚えられていない。
「異性も、同性も好きになれない、性欲もない人のこと」
へえ、と相づちを打とうとして固まる。誰も好きになれない?なんじゃそりゃ。
「そんな人いるの?」
「いるから名称があるの」
「でも……変じゃん。あり得ないじゃん。じゃあ誰を好きになるの?」
要するに私の知識はこの程度だったわけである。話にならないと諦めたのだろう、怜ちゃんははあとため息をついて黙り込んだ。私はあくまで本気にせず、怜ちゃんって変わったとこあるよなあ、なんて考えつつ因数分解をこなしていく。
沈黙が破られたのは、数分後。
「あ」
怜ちゃんが閃きみたいな声を漏らした。
「どしたの」
「ちがった、わたし無性愛者じゃない」
「ふーん。よかったじゃん、好きな人でも見つかった?」
「いや」と怜ちゃんは首を横に降る。「恋したいとは思わない。けどわたし性欲はある」
一瞬、なんと言えば良いか分からなかった。今でもよくわからない。とりあえず茶化す方向へ。
「それは……人でなし?」
苦し紛れの私の冗談に、怜ちゃんはけっこう本気で凹んでいるみたいだった。
[09/04/02]
前
□
次