光源を見つけに


 宿題の天体観測を名目に一泊我が家に集まった。はずだった。なのに名目でも建前でもなくなってしまっている。
「すごい! みえる!」
 『見る』ための望遠鏡を覗きこみ早苗はあたしの毛布のうえではしゃいでいた。
「きれい……」
 レンズから、目を離さない。あたしは素肌の足元から目が離せない、年も押し迫った真冬だった。
「凌も見なよ?」
 あー、と気の抜けた返事をしながら窓の方へ身を乗り出す。額につめたい空気の流れ、右からは確かな重み。こんな状況で星なんてどうでもいい。いくら綺麗でも鮮明でも歴史があっても。薄緑のパジャマ越しにつたわる温度が、あたしの理性を下段からすこしずつ着実に崩し始めていた。
「このプリント書いちゃおっか」
 さっと身を翻してシャーペンを握る。湿った髪が鼻を掠めたけど、あたしはなーーんにもできない。頷いて机はさんで真面目に座っちゃって。
astroid beltと書き付ける早苗の手首。唾をのむだけで、あたしもそれに倣ってる。comet、彗星。揺れるカーテンが部屋の中を撹拌していた。


 お星さまにも飽きてきた12時半。漫画に向かって、沈黙は1時間近く続いてる。それもそのはず、気付くと静かな寝息が聞こえていた。
 こういうとき時計がデジタルで良かったと思う。秒針の音にはなにかをあまりよろしくない方向に運ぶ作用があるから。本棚の前、無防備に横たわる早苗を見て、でも、見るだけで。その気があるとかないとかじゃなくて、動かない。指一本動かないのだ、こいつを前にするだけで。同意がなけりゃ強姦になっちゃうし傷つけたくないし嫌われたくないし。もっともらしい(?)理由を並べ立て、度胸がないだけって現実は忘れたかった。
 深呼吸する。鼓動の早さに驚いた。もう灯りがついていると耐えきれないので、蛍光灯のスイッチをきりかえる。その瞬間だった。
「なんで?」
 闇の中、自分のじゃない声。ということは早苗のそれ。ポカンとしていると、背中から抱き着かれた。体内の全液体が逆流する。
「……な、に」
 ようやくそう尋ねると、頬と頬が柔らかくぶつかった。あしもとがぐらつく。立ってもいないのに。
「なんで何にもしないの?」
 早苗の瞳はとおくで光る恒星のうねりに似ていた。


 投げ掛けられた質問は、よく反芻しなくちゃいけない。そうしたうえで冷静な回答を返すのだ。――なんで何にもしないの?って、今のあたしにはそういう意味にしかとれない。
 時間が緩慢に流れていく。火照った背中にくらくらする。冷静な判断なんて出来っこないこと、とっくに知ってた。
「なにをすれば、いいの」
「はあ?」とぼけるあたしに、早苗は容赦ない。「バカ」
 体温が離れた。ぽっかりと隙間が空いた感覚。
「それとも凌は嫌なの?」
 前にまわりこんで上目遣いである。落ちないわけがない。っていうか、すでに下がない場所まで落とされていた。
「早苗はそういうの、望んでないんだと思ってた」
 言うが早いか、唇に親指を伸ばす。手が震える。早苗だってちょっと怯えていたのだ。
 大人になりたがったあたしたち。舌に触れ互いを味わって、見えたものはなんだったろう? 首筋に口付けると、小さな悲鳴。
「ごめん、気持ち悪かった?」
「ちがう……」
 後の曰く、気持ちよかったんだと。恥ずかしいことを言ってくれる。
「ちゃんと、できるかわかんないけど」
 こっぱずかしい台詞を吐くと早苗は幸せそうに目を細める。おそるおそる肌に隠された神経を探り出した。早苗はあたしのはたらきかけに呼応して小刻みに身体を震わせる。とっさに電気を消したことを後悔した。
 みていたい。こいつの顔色を、身体を、目の輝きを全部。何十光年先の天体なんかよりずっと。


[09/07/07]
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