Special Lesson:あすへの帰り方
本気なんだよ。手紙は毎日渡してるし歌で愛を表現したこともある。上手ね、って褒めてくれた。絢子ちゃんはいつもあたしを褒める。褒めるだけ。心からほしい言葉は上手だのよくできてるだのそんな評価じゃない。
絢子ちゃんはとっても人気がある。男子も女子も笑顔で太陽にたかっていくんだ。好きで、好きすぎて無愛想になってしまうあたしは暗い娘に映るだろうか。ワンオブゼムになるよりはずっといいけれど。
昔、隣の組の男子に顔を殴られて歯が抜けたことがある。自分の乳歯を見ていることにおののきつつ、泣き声をあげ水道で口をゆすぐあたしの背中を絢子ちゃんは静かに慈しんでくれた。なにも言わずに、あたたかな手で。その後あたしを殴った男子に頭を下げさせる。詫び言なんてどうでもよくて、凛とした眼差しにひたすら貫かれていた。
いままでもこれからも、たくさんの人が絢子ちゃんの光を抜けて行く。触れて、触れられて、さよならをして。いずれ立ち向かわねばならないその恐怖にあたしは尻込みしてる。なんとか逃げようともがいてる。逆らえない非・絶対が、恒常には多すぎると気付きながら。
淡いサーモンピンクのTシャツに、青いゴムでくくったポニーテール。今は絢子ちゃん、ひとり座って微笑んでいる。両手はフリーだ。チャンス。ステップ踏んで駆け寄った。
「これ、読んで」
「わ、ありがと。やっぱ夏希ちゃん字上手いね」とにっこり、あたしの手から丁寧な所作で封筒を持ち上げる。「けど、そろそろラブレターは男子にでもあげたら?」
びっしり敷き詰められた文字の衆を長い指が、嘲笑。悪意がないってわかってるから余計に堪えた。ちょっと頬を膨らませて、噛みつく。
「……男じゃないけどっ」
「うん?」
「あたしの好きな人は氷室絢子。何度も言ったよ?」
「うれしい。でも、『恋』は夏希ちゃんの『好き』とは違う。わかる?」
全然。
「じゃあどんなのが『恋』?」
疑問符がつづくと疲れる。
この胸の鈍い痛みも幾度となく流した涙も無下にされてしまうなんて、たまったもんじゃない。あたしは泣きそうに歯を食い縛り、絢子ちゃんの言葉を待ち焦がれた。
「そうねえ……いっしょにいるとドキドキする、一日でも会えないと足りない、自分を見てくれないと寂しい。あとは」と絢子ちゃんははにかんで切る。「相手の体温が欲しい、って思うことかな」
上目遣いで絢子ちゃんの瞳を覗き込み、ちかちかとまばたき。ほんとうは、のどが裂け苦しいのだ。かつてこの背中を撫ぜた手に光り始める銀色と、薬指の意味を知ってしまった死の日から。そのはにかみが向かう先に、影のひとつも落とせない。
「そうなんだ」
無知のフリを、否定するフリを。心臓はこんなにも高鳴って、日曜日は究極に退屈で、絢子ちゃんをみんなの和から引きずり出したいと願っていて。それから、キスをしたい。したいのに。
「ていうか、私のことちゃん付けはやめてって言ってるでしょ」
あなたに隠蔽された恋心は、何処に向かえば実を結ぶ。
「みんなみたいに絢子先生って呼ぼーね」
ぽんぽんと二回、掠めれられた頭が熱い。
絢子ちゃんはしゃがみこんであたしと視線を合わせ、『ひまわりぐみ』と書かれた名札の歪みを直してくれた。
[10/01/20]
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