She's Been Ruled by a Bore
親には二年の宿泊学習で使った少年自然の家に泊まりにいくのだと説明した。中学生だけで、と渋られるかと思いきや許可はあっさり下りた。
「いいわよ、早苗ちゃんと一緒なら心配ないもん」
その早苗がこんな下らない提案をしたと知ったらどう思うんだろう。
事の発端は――なんて話はできない。だってただの早苗の急な思い付きだったから。あたしの部屋で雑誌を眺めていると、早苗は突然「ラブホに行こう!」と声を張り上げた(ちなみに見ていたページは「100円均一でお部屋改造☆エコスペシャル」)。下の階にいる母親に聞こえやしなかっただろうかとひやひやしながらあたしは答えた。バカかお前、と。そしたらキッとにらまれぎゅっと両腕を掴まれて、あとは説明するまでもない、OKと言わされたわけである。
親からは軽井沢までの交通費と健全さが売りの少年自然の家の宿泊代をもらっていた。それをよりによってラブホテルの料金に充てるってものすごく後ろ暗いことに思える。罪悪感があとを絶たない。
「中学生同士で入れんの?」
「……」
議論の結果服やらメイクやらでできるだけ大人ぶっていこうということになった。それから女同士というのも不安だったからあたしは男装である。予想しなかった無人フロントで無駄足を踏んだと気付くことになった。
「今回の目的はなに?」
グレーのワンピースに紫のカラータイツ、白のPコートという早苗の格好には全く違和感がない。髪を隠すために普段全く使わない帽子を被っているあたしなんてかなりちぐはぐな雰囲気だ。
「目的って言ってもねえ。ただりょうと出掛けたかったの」
「なら児童館の芝生でお弁当でも広げようじゃありませんか」
「適材適所っていうじゃない」
「絶対意味違う!」
思わず怒鳴ると隣の席のサラリーマンに激しい咳払いをされた。おかげで下りる駅まで無言移動である。
京浜東北線で浦和に到着すると早苗は速足で東口に向かった。しばらくついて歩いていくと、こ洒落た、なのに確実に「そういう」オーラを放つ建物が見える。派手なネオンサインが「WITH」の形に光を放っていた。
一歩前でホテルを見上げる早苗の手をとると、小刻みな震えが伝わってくる。え?
「びびってんの?」
意地悪な声で問うと早苗は耳を真っ赤にした。うるさい、と頼りない返事がかえってくる。
「かわいいじゃん」
めずらしく、の一語は押し留め、早苗の肩を抱いて入り口へと向かった。
唾を飲みこむ音が聞こえる。早苗はブラウンの扉をゆっくりと開いた。
一見は、普通のホテルのようである。でもやっぱり部屋と繋がった風呂はマジックミラーに囲われてるし、いかがわしい自販機はあるしベッドにはボタンがたくさんついているし、普通でないことは明らかだ。
「どうですか、念願のラブホテルの感想は」
「うん」と早苗はあたしの帽子を外しながら笑う。「あとはりょうがお決まりのセリフを言ってくれれば大満足」
すぐに理解できてしまった自分はどうなんだろう。先にシャワーどうぞ、と投げやりに言うと早苗は「そっけないの」と立ち上がった。
早苗が風呂に行ったはいいがその間の時間潰しに困る。マジックミラーだから向こうからは見えていないはずなのだけど、どうも目があっているようで落ち着かなかった。扉の貼り紙に無料と書いてあったのを思い出しテレビを点けると案の定AVが流れている。スカパーも映るらしいけどチャンネルの合わせ方がわからなず、ダブルのベッドに転がってわざとらしい音だけを聞くことにした。
枕元のボタンを一つずつ点けたり消したりしていると、早苗が戻ってきた気配を感じた。起き上がって、なんと声をかけようか考える間もないうちに叫ばれる。
「やだ、そんなの消して!」
早苗の視線をたどった先のテレビでは、女優が口のなかに精液を受けていた。清純ぶって、とからかおうとしたけどどうも様子が違う。早苗は膝をつき顔を両手で覆った。
「やめて。りょうはそんなの見ないで……消してお願いだから」
涙声。さすがに焦ってリモコンの電源ボタンを押す。ピンクのバスローブを着て座り込む早苗のそばによって背中をさすった。
「ごめん、そこまで嫌がると思わなくって」
「嫌い」と早苗はしゃくりあげる。「嫌い、男の人が。言動も体も。女の子が好きなのわたしは」
あまりにも切迫した様子だったからあたしは不安に襲われた。過去になにか嫌な思い出があるのだろうか、あたしにも話せないような。大丈夫女だからあたしは女だから、と繰り返し早苗の頭を撫でる。
てっきり男用しか残っていないだろうと思っていたら、バスローブはピンクもブルーも二着ずつ用意してあるみたいだった。どちらに袖を通すか迷ったけど、さっきのやり取りを思い返してピンクを選ぶ。あたしらしくない色。
風呂から出ると早苗はすっかり復活していた。演技なのかもしれないけど。
「りょうの体の洗い方エロいね。見入っちゃった」
脱衣場での判断は間違っていなかったらしい。
「さっきはごめんね、怒っちゃって」
「いや……でも、なにかあったの?」
早苗は証明を絞ってあたしを布団のなかへと手招いた。ボックスティッシュとともに準備されていたコンドームをつまみ上げ、わたしたちには要らないね、とゴミ箱に放る。
「べつにトラウマがあるわけじゃないの。りょう以外の誰とも付き合ったことないし、それに」と含んだ声で付け加えた。「ちゃんと処女だったでしょ?」
うんまあ、と応じる自分の体が熱くなっていくのを感じる。いまさらなにを照れているんだか。
「ただどうしても生理的に受け付けないんだよね」
「ふうん」
そんなことより、と早苗はあたしの背中の上でうつ伏せになった。この体勢ってなんだか不公平な気分がする。
「おかーさんたちは今ごろわたしたちが山の中の粗末な部屋で枕投げでもしてるって思ってるんだろうね」
「どっちにせよすることはいっしょだけどな」
その言葉を合図がわりにいつもの体勢に変更した。バスローブの紐をほどいて早苗を抱きすくめる。早苗はあたしの首に手を回し、にこやかにこう告げた。
「おやすみ」
「……え」
「眠くなっちゃった。三時に起きるからそれまで待ってて」
「ええええええ!? なんだよそれおかしいだろ!」
拳でベッドを叩くと早苗はやかましいと言わんばかりに眉を寄せた。すっと起き上がりあたしに口付け、軽く舌を吸うと再び耳元で囁く。おやすみなさい。
「……っ!」
頭皮に鳥肌。果たしてここは天国か地獄か。早苗の背中をいたずらに撫で回しながら、こいつが目を覚ます三時の自分を想像して溜め息が出た。
[08/12/20]
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昨夜は明け方まで寝付けなかった。当たり前だ、だってラブホテル?健全な15歳なら興奮するのも無理ない。早苗も、たぶん同じ気持ちだったと思う(思いたい)。去勢張った笑顔のしたにどれだけの覚悟があったのだろう。
あたしたちはこどもなので、半徹夜の翌日はやくから睡魔にさらわれたってとうぜんのこと。だけど。だけど、今回だけは笑えない。
「四時に起きるから」
そう言って早苗は目を閉じた。あたしが意地でも起きていようと決心したのは言うまでもないけど、付け加えておく必要がある。あたしは昔から、決して意地っ張りな性格ではなかったと。
「おはよ」
飛び起きたって時間は戻らない。バスローブの紐の結び目がきえていたことなんてどうでもよくて、いくら念じても頭上までさしかかった昼間の支配者は東に沈んだりしないのだった。なんで起こさないんだよ、ととなりで三角ずわりをしている早苗にどなる。
「……寝込みをおそう趣味ないもん」
無駄だ。
そのひとことに即、中枢神経が判断を下す。延長料金、30分にせんえん。それでも「損をしたとは感じていない自分」に愛想がつきた。
そのご。あたしの部屋にもどってお互いなんとなく気後れしていたら、あっという間に七時をまわって中学生の早苗は家に帰らされました。