勝手にやっとけ(2)
一回目は62二回目は3分の200、三回目は84,5。私がいくら解説してもこの一問だけが正解にたどり着けなかった。
「なんでできないのかなあ、ほかのは完璧なのに」
特別難しい問題でもない。ひなたは心底言いたくないという様子を滲ませた消え入りそうな声で、言った。
「つぐみのせいだろ、コレ解き始めたときから」
不自然に言葉が切れる。なにようと続きを促した。
「言わせんなよ……おまえがそうやって抱き付いてきてるから集中できねーの」
「ああ、なんだ」
単純な理由に拍子抜けさせられる。それならと思って両腕の力を強めた。予想通りひなたは盛大に慌てる。面白くて顔がにやけた。
「離れろよ、じゃないと帰れねえぞこの教室から」
「わりとやぶさかでないけど?」
ふたりきりの冬らしい教室には、ときおり校庭の部活の掛け声が聞こえてくる。廊下を行き交う人の足音や階下からの吹奏楽、どれもが心地よかった。
私達に独占されたストーブの炎を撫で肩越しに見ていると、その持ち主が不意に私を肘ではじく。胸にも力が加わって、どこ触ってんのと茶化そうとしたら一瞬の間もなく怒鳴られた。
「もしかしてっ」
「もしかして?」
「ブラしてない?」
うんと首を振ったら驚きと照れで9割怒りで1割みたいな表情をひなたは私に向ける。よくもまあ複雑な感情を面に表せるものだと感心した。
「なんで?!」
「え、そりゃあ」と私は語気の荒さに多少気圧されつつめ口を開く。「最近厚着だから体育ない日ならいいかなと思って」
するとひなたは宇宙人でも見るみたいに私を向いた。鼻の頭から耳の先まで真っ赤になっている。
「信じらんない、なに考えてんだよおまえ」
ひなたが露骨に私の胸元に注目しながら話すのでさすがに少し恥ずかしくなった。思わず右手で上半身前面を覆う。同時に左手をひなたのブレザーのペンポケットあたりにあてがった。
「あのね、ひなたみたいにスタイルいいひとには信じられないかも知れないけど、私なんか小学生と同じようなんだから! いちまいの布の有無はさして影響ないんです」
「そういう問題じゃないだろ!」と私の手をはねのける。「だいたいもし体育ある日に忘れてきたらどうすんだよ、サッカーの試合で男子みんなに狙われるに決まってる、敵味方関係なく!」
「もしもなにも忘れないし。だいたいブラしてくるかどうかなんて個人の自由じゃん、なんでひなたに指図されなきゃいけないの!」
「あたしはつぐみの」
ひなたがそこまで言ったところで、灯油が切れたのだろう、ストーブのごおごおいう音が静止し白熱した言い合いも一時休戦になった。なんだか騒いでいるうちにわけがわからなくなっている。ただ、ひなたのかたくなな眼差しだけが突き刺さった。
「……見られたくも考えられたくもないよ、他のやつらなんかには」
なにをなんて私は聞かない。うん、とつぶやきうなだれて見せた。
「もっと自覚して、つぐみは女なんだから」
「だって」
「だってじやなくて!」
ひと昔前のまんがみたいな台詞に心の中で笑ったことは内緒だ。はあいと従順に頷き考える。次に続けるつもりだった言葉を聞いたらひなたはなんて思うだろう。だって、こんなにかわいい女の子に愛されてるんだもん。
「ねえ、『あたしはつぐみの』……なに?」
「なんでもない、気にすんな」
「なんでもないことないでしょ、あんなに声張り上げて」
うるさいな、とひなたは再び数学のドリルに向き直った。私は隣の席からその上着の確かな膨らみを盗み見る。悔しい、そして虚しい気分にしかなれなかった。
しばらくして「よし」と声が上がる。「今度こそ」
「aイコール?」
「65!」
せーかい、と伝えるのがなんとなくためらわれた。
[08/12/05]
前
□
次