彼女をよろしく
このみをよろしく。このみの彼にあったら絶対に言おうと心に決めている一言だ。なかば自棄といってもいい。どれほど無意味で空しい抵抗だと分かっていても、私のほうからよろしくとお願いすることでせめて少しでも優位に立てればと思ってしまう。
明日わこちゃんにも紹介するね。喜色満面で切り出したこのみに私は怒りを禁じえなかった。それがいかに理不尽で一方的かということは十分心得ている。
高校一年生。私が持っているこのみの彼についての具体的な情報のすべてだ。いきなりそんな人に会ってくれと言われたところで期待が生まれるわけがない。腹の中で固まっているのは嫉妬と怒りをはじめ汚い感情の数々と紙の上の人物に会うような現実味のなさだ。
いらっしゃいませ。店員の元気溌溂な声が響いた。入り口に目をやるとそこにはまさに私の待ち人。私は立ち上がりこのみに軽く手を振った。
駆け寄ってきたこのみととなりの彼に着席を促す。定番の他愛ないやり取りを一通り終えたあと、彼は不意に恥ずかしそうな顔をして私と正面から目を合わせてきた。気に食わないことに私のことをもう下の名前で呼んでいる。なんですか。仮にも相手は年上なのでいちおう敬語で尋ねた。
「あの、わこさんこのみとすごく仲良いみたいだけど」
そこで一度言葉を切る。彼の次の発言に対して私が取った行動を先に述べておこう。
目の前が真っ暗になった。何もかもが今まで以上に気に食わなくなった私はトイレに行くと告げ席を立ち、そのまま喫茶店を出た。道路に転がっていたペットボトルを思い切り踏み潰してから強く蹴り付ける。全身を黒く染め上げていく圧倒的な敗北感。空いた足で電信柱に当たる私が抱えていたのは、あるいは殺意だったかもしれない。
彼は幸せそうな顔でこのみと目を合わせてから私を向き直ると、あろうことかこう言い放ったのだ。
「これからも、このみのことよろしくね」
[08/04/09]
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