優柔不断は直らない(1)
A Piece of Cake


 時々、嘉歩は読心術の類の超能力が使えるんじゃないかと本気で思うことがある。最近では一昨日ファミレスに行ったとき。注文を終えてからあたしがドリンクバーを頼み忘れたことに気付いた瞬間、嘉歩は呼び出しボタンを押していた。あたしがまさかと思いながら呆気に取られていると、嘉歩はいそいそとやってきた店員に和やかな笑顔で告げた。ドリンクバーふたつ追加で。それがいかにもあたしたちの間で了解済みであるかのような口ぶりだったのであたしは文句のひとつも言えず、嘉歩も特に付言はしてこなかった。
 単に親切心からしてくれたのかもとも考えたが、勘定の際にそうではないことを知らされた。じゃあ割り勘でいいよね。あたしはここでやっと尋ねた。いいけどドリンクバー頼んだのはお前じゃん。嘉歩はきょとんとして、それは巴月が頼み忘れたなって顔してたからだよ、と語尾を上げて言った。ちなみにあたしはとりわけ感情が顔に出やすいとか言われたことはない。


 先生をからかってんのか授業を聞いてないのかどっちなんだ榎本は。社会科教師の怒号にあたしは肝を潰した。
 まどろみかけていた所に突如割り込んできた一声。榎本、今の答えは。重い瞼を開けながら「分かりません」を言うために立ち上がると、背後から嘉歩の小声が耳に届いた。正解を教えてくれたのかとありがたく思い、あたしはポルトガルの地理についての授業中にとんでもないちぐはぐなことを口走るはめになった。
「……『ルーズベルト大統領』」
 妙な間を空けて教室が爆笑に包まれる。間抜けなあたしはなにが起こったのか咄嗟に呑み込めず、机に突っ伏している嘉歩の肩の震えを目にしてようやく担がれたのだと気が付いた。
 今年の二年六組流行語大賞ノミネート、とのんきな男子の叫びを背景に、あたしは担任でもあるこの教師から放課後のトイレ掃除を言い付けられた。たかが一回の間違いに対しては明らかに厳しい罰だけど、その間違い方と居眠りを指摘されたら反論できないあたしはおとなしく頷くしかなかった。


「わたし小さい頃闇鍋パーティーって響きになぜか憧れててさ、将来の夢なんて言ってたんだよね」
 口火となったその発言は誰のものだっただろうか。昔話というのは親しさの程度に関係なくそこそこ盛り上がる。居合わせた女子数人から芋づる式といった感じに話が飛び出した。
 嘉歩はさっきのでさすがに悪いと思ったのかそれともただの気まぐれなのか、また思い出したくないような過去を暴露されてはたまらないというあたしの心配は杞憂に終わってくれた。
「ねえ嘉歩ちゃんは昔の将来の夢ってなんだった?」
 その声にあたしは不覚にも動作を止めてしまった。嘉歩は嬉しそうにこちらに一瞥をくれてからもったいぶって口を開く。
「私の夢はね、昔からずっと今でも変わってないんだ」
 それまでの和気あいあいとした空気は一転、数秒の静けさの後弾かれたように全員から感想が飛び出した。「すごい、ちゃんとした夢があるなんて」「なにがしたいの?」「もしかしてお家を継ぐとか」「初耳」最後の苦し紛れの呟きはあたしのものだ。超能力のみならず、聖徳太子に匹敵する耳をも持ちあわせているらしい嘉歩はしたり顔で続ける。そりゃあ初めて言ったからね。
「幼稚園のころからの目標があってね。今はまだ秘密だけど」
 感心しきっているクラスメイト達を尻目に、あたしが途方途轍もない衝撃を受けたことは言うまでもない。


 置いてきぼりをくらって取り残されたような、裏切られたような。簡単に言うとあたしは自分でも呆れるほど拗ねていた。
 階上からのブラスバンド部のエチュードが耳につく。トイレットペーパーを律儀に三角折りにしている自分が情けなくてしょうがない。
「あーあ、なんで私がこんなとばっちり食わなきゃいけないのよ」
 それはどちらかというとあたしのセリフだ、なんて言い返す気力も今はない。嘉歩は憎まれ口を叩きながらも満足そうな顔つきでデッキブラシを動かしていた。掃除をサボるには絶好の女子トイレだけあってどこもかしこもかなり汚れている。クレンザーひと箱使い切っても問題なさそうだ。もちろんそんな面倒なことはしないけども。
「きゃあっ」と嘉歩の悲鳴。「巴月来てゴキブリ出た!」
 言われた通り出て行って床を観察した。が、黒い姿は見当たらない。
「どこだよ」
 あたしが真剣に尋ねると嘉歩も真顔で、嘘、と返事をし作業を再開させた。巴月がへそ曲げて口利いてくれないから言ってみただけ、と珍しく含みのない笑みをたたえる。
「さっきのも嘘だからね」
「さっきのって」
「またとぼけちゃって。巴月がずっと気にしてることだよ」
 嘉歩の軽い口調に安心したのも束の間、かわりに羞恥と悔しさに見舞われた。嘉歩は確信犯だ。今まで何度も、つい数時間前にだって引っ掛けられたと言うのにあたしはまったく学習できていない。
「だって生まれてからだから、もう14年の付き合いでしょ?」
 それがなにか、と心の中でひとりごちる。次の瞬間に止めを刺された。
「巴月に言ってないことなんてないよ私は」
 隠し事がないと断言できる、強み。
 エスパーなんかよりずっとたちの悪いこいつは、あたしが十年以上伝えられないでいる思いにだってとうに気付いているのに、どうしてだかしらばっくれ続けているのだ。


[08/04/27]

ドリンクバー/トイレットペーパー/ルーズベルト/とばっちり/闇鍋パーティー/エチュード/芋づる式/ポルトガル/聖徳太子/超能力
友達と部活中にしりとりをしてて、上記十単語を必ず入れる事になり、苦戦しながら書いたもの。 だから脈絡のないところも少なからずありますが、…気にしないで下さい。


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