お題9 幸せになったあと
輝きは足早に


 確かにやってくる瞬間がある。
 蝉の鳴き声はもう勢いに欠ける。青と茶の透明な絵の具が画用紙上で混じりあったみたいな夜に、色とりどりの灯りが浮かんでいた。人々の賑わいは変わらない、いやむしろ一層騒がしくなっているのだけど、それはなんだか一日の終わりを、夏の終わりを憂えているようで落ち着かない。
「五等だった」 
 そう報告するつぐみの右手にはカラフルな風車が握られていた。一回四百円、日本の祭りによく貢献している。
「ひなたはやらないの?」
 尋ねられて曖昧な笑みとともに首を振ると、つぐみは目を光らせた。
「こういうの、当たりを期待してるんじゃないよ。楽しみを買ってるの」
 そんなのなくたって十分楽しい、とはその無邪気な笑顔をみたら言うのが憚られてしまう。あたしは薄紅の浴衣から伸びるつぐみの白い腕を掴んで喧騒をくぐりぬけた。


 夜店が連なる大通り沿いの小さな児童公園。普段は学校帰りの生徒のたまり場となっているけど、今日この時ばかりは静まり返っている。
「急にどうしたの」
 つぐみは肩を上下させ息を切らしていた。浴衣姿で走るのは辛かったろうなと他人事のように思う。あたしは錆びたベンチに腰掛けた。
「花火は八時だっけ。ここで待とうか」
「……それは別に構わないけど」
 腑に落ちないといった表情でつぐみもあたしのとなりに座る。空を見上げながらなにかを待つって珍しい。
「ひなた、いま楽しくない?」
 つぐみの視線があたしのそれを射す。不意に呼吸が乱れた。あたしは緊張すると無意識に息ができなくなる。
「んなわけねーじゃん」
 楽しいさ。楽しいに決まっている、幸せなんだから。でも。
 あたしたちは中学生で、この幸福は久遠じゃない。それに痛みだって伴っているのだ。
「だけど」とつぐみが声を張り上げる。「さっきからずっとつまらなそう」
 はっとして横を向くと、つぐみの寂しさをたたえた目が見えた。


「ばかじゃないの」
 賢い人に言われて頭にくる台詞のベストスリーには入る。だけど今回は事実なので怒ってもいられない。かいつまんで胸の内を説明するあたしに、つぐみは腹を抱えて笑いを返した。
「考えたってどうしようもないことを」
「そりゃそうだけど」
 そんなに面白がられても困る。あたしの、切なさに酔った時間を返してくれと言いたくなった。言いたいだけで再会はごめんだけど。
「私と一緒にいるのに不幸がらないでよ」
 そのひとことに息を呑む。あたしは不幸だと嘆いていたのだろうか。かつて自分が狂おしいほど焦がれ求めたものを手にしていながら。
「……とか言うとひなたはまたややこしいこと考えそうだけど」
 なんて贅沢な身の程知らずなのだろう、あたしは。
「だいいち、別れがないなんてありえないんだから」
 つぐみは少しだけ目を伏せると、おもむろに頬杖をついた。


 視界が眩しくなり、それから何秒か遅れてばかでかい音が心臓まで響いてくる。
「きれい」
 辺りの闇は空の彩りと反比例するかのように静寂を濃くしていく。感嘆の呟きを漏らしたつぐみの瞳に、さっきとは違う種類の光が揺れていた。
 二時間以上先の未来を考える動物は人間以外にいないらしい。別離を恐れないことは不可能だ。ならばせめて、あなたがこの身より一秒でも長く、生をとどめてくれますように。
 気づくとあたしは真っ黒な舞台でかわるがわる開いては消えてゆく晩夏の花火に、とこしえの祈りを捧げているのだった。



[08/08/??]
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