真昼の月とあなたの手(extra2)
理想の中でも消えてくカルマ /ex2


「ちゃんと因果応報だったらいいのに」
 嘉穂が言った。聖書を手にして。なぜか手にして。本屋の中で大声で。心なしかピリッとする。大気が緊張を帯びる。あたしはこの期に及んでびくびくしてた。
「別にあたしは」
 嘉穂になにかを求めて告白したわけじゃない――小声で口にしようとして、心の中の罪悪感にとらわれる。きれいごとは嫌いじゃない。でも嘘は嫌い。でも目の前の嘘つきは死ぬほど好き。
「ごめんね?」
 なんで。なんで尻上がりだよ。
「別に」
 意味を足す反復と、引く反復がある。今のは後者で。
 表層はどう見えるにせよ、世界はプラマイゼロでまわってない。因果応報なんてもってのほか。あたしはどうして、嘉穂が好きなんだっけ?
 見返りは欲しい。ものすごく。あたしに対する欲を持ってもらいたい。肉欲を。嘉穂の「一番」にしてくれるなら、なんだって投げ出せる。見合うものがあるかはともかく。
「帰ろっか」
 バッグには文庫本が一冊。嘉穂のおすすめのSF。こんなの全然、シュミじゃない。
 窓の外で沈む太陽が恨めしい。JRとメトロの接続が悪いのも、あたしと嘉穂をわかつモノは全部。ダッフルから小さな手が覗いていて、せめて取ってあたためてあげたいと願うのに。
 あたしの右手はポケットに入ったまま、体内の涙を殺すように動かない。もし実行したらと夢想しても、そんな日は永遠にこない。永遠なんて使ってしまうほど、あたしは虚構に苛まれていた。
「かえりたくない……」
 微かな呟きは落ちていく。途中、嘉穂の瞳をすり抜けて。聞こえないフリが正義だと、思ったこともないくせに。
 思い通りにならないのが楽しい、のかなぁ。
 余裕を持てたらいいと思う。こんな逆境に耐えられるくらい。
 語り尽くせないおびただしき言葉は、ごく短い呟きに終始した。
「好き」
「知ってる知ってる」
 にこやかな嘉穂の返事は普通で軽くて極めて無害で。幸せとゆううつの狭間。非現実的な場所であたしは、一触即発の病。


[10/01/13]
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