真昼の月とあなたの手(extra)
きみを待ってるよ /ex


 暗かった。枕元のスタンドライトだけが、切れかかった電力で淡い光を放っていた。眼下には苦痛で顔を歪めひきつらせる嘉歩の涙。
「逃げないの?」
 足元がやたらとふわふわ軽い。下っ腹のあたりに鈍い痛みがはしっていた。組み敷かれるオサナナジミに向けた問いかけが、怒りを纏うのが自分でもわかる。
「ねえ、逃げなよ。逃げろよ」
「どうして」
 嘉歩は白い肩を震わせ寝返りを打ちながら呟いた。あたしに理由付けを求めるというよりは己への戒めに聞こえる。冷たい部屋によく響いた、伏し目がちでか細い声。
「ここにいたら傷つけられる」
 おとといの晴れた青の下、嘉歩は漏らした。男の子の身体が、いい。柄にもなくちょっとうつむき加減な姿勢にあたしは戸惑った。それは紛れもなくオンナの姿だったし、嘉歩が称賛したのはあたしには到底手に入らないものだったから。
「傷つけてよ」
 どこまでが、本気?
「私は一度痛い目を見るべきだと思う」
 そう痛い目なのだ。嘉歩にとっては。
 それはもう悲しすぎて善悪の判断すらつかなかった。嘉歩のスカートを脱がすこの滑稽さを、どこかでもう一人の自分が息を呑んで鑑賞している。そんな錯覚を起こして胸が軋んだ。
「!」
 頬を染めた横顔がよぎる。前戯もなく突然入り込んできたあたしの中指に嘉歩は両手で顔面を覆った。無理矢理に奥へ進むと、小さく痛々しい呻きを上げはじめる。なんて客観的に分析する自分はどんな神経をしているのか。
「いたいよ……」
 ほとんど消え入りそうな嘉歩の拒否は、縺れた劣情をよけいに掻き立てるばかり。強引に指を抜き、長く伸びた爪を嘉歩の首筋に立てた。
「気持ちいい?」
「……巴月じゃないみたい、だよ? どうしたの?」
 抵抗を諦めたらしい嘉歩の体はつめたくぐったりしている。手をゆっくりと上下に動かすと、うなじに赤い線ができた。
 嘉歩ははっきりと啜り泣きを始める。そのくせされるがままにあたしを受け入れた。爪を立て歯を立て、ああハッピーでラブリーなセックスって誰の言葉だったろう。オンナをここまで無慈悲に扱ったのは初めてだ。
「巴月、もうズボン脱いだら?」
「あぁ」
 疑問なんてなかった。ジーンズとトランクスを下ろすと、あたしの下腹部にはペニスが赤く屹立している。ほら、嘉歩の好きなオトコノカラダだ。
「くわえてよ」
 一本の異物が、精神を侵していく。あたしはバカな男のごとき台詞でもって嘉歩を冒涜した。
 軽蔑の色を光らせた嘉歩は、だけど従順に膝立ちになったあたしの正面にしゃがみこむ。
「……出すのはやめてね」
「うるさい、つべこべ言うな」
 嘉歩の口はいっそう嗚咽を強くしてあたしのペニスを包み込んだ。粘液が絡み付く感覚。膝の力が抜けかけて、嘉歩の右肩に両手でしがみついた。
「好きなんでしょ、これが……欲しかったんだろ。満足か」
 溺れていく。触覚は秒単位に薄れ、嘉歩の屈辱はあたしに捻れた快感をもたらした。
 曖昧になった皮膚感覚を嘉歩は見抜いたようだ。不意に深く鋭い痛みに襲われる。
「なにすんの!」
 両手で突き飛ばすと、嘉歩は血のついた唇を舐めて言った。
「あなたじゃない」
 まっすぐな瞳で、こちらを見据えている。とらえられた頭の奥ががんがんと打たれるように震え、理性はおぼつかなくなった。
「あなたじゃない」
 あたしはこの世にひとりしかいないよ。嘉歩に覆い被さり脚をひらかせる。オンナって、なんて醜い生き物なんだろうか。組みふせられるだけ。
 仄かな明かりはあたしたちをよく照らしていた。ペニスが嘉歩のなかに呑み込まれると、グレーの支配欲は屈折した喜びのもと黒を濃くしていく。


 目の前が真っ暗になった。いや、真夜中に目覚めればそもそも明るいはずはないのだけどあくまでもたとえとして。
 前代未聞の悪夢がもたらしたのは衝撃と吐き気、と信じがたいことに性欲。パジャマのズボンに手を入れると、もちろん男性器なんてものはなかった。
 放心する。自分の傲りが崩れていく音が遠く響く。
 まちがいなく女の身体だ。愛しいはずの。膣の入り口を中指でなぞりながら、声を立てないようそっと泣いた。泣いて、生まれてはじめて嘉歩に抱き締めてもらいたいと願った。となりに誰もいない。

[09/08/31]
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