かたちあるものならば /13
「ちがうよ」
どうして言われたのか、覚えていない。ただ声の冷ややかさが頭の中でリフレインしていた。何度も何度も。選択授業で教室が分かれて、チャイムに合わせて駆け足で戻ってきたときにはもういなかった。体調不良で早退、という回答にわたしは、心配よりも気づけなかったことへの申し訳なさよりも先に、憤る。なんで教えてくれなかったの!
わたしは間違っていたらしい。あの苛立ちのこもった言葉が、必死に游から離れまいとする神経を鋭く貫いた。この身体が傷つくほうが、物理的に痛め付けられるほうがよっぽどよかったとのに。
游はいつもそうだ。写真やプリクラは絶対に撮ってくれないし、誕生日にプレゼントをもらったことなんてない。だけどそのかわり、かならず笑顔が返ってくるのだ。毎日ありがとう、15歳おめでとう、と世界中のやさしいものを集めるみたいに。
黒板の上の時計は、さっきからいっこうに動かない(ように見える)。円高円安の仕組みについて学んだところで、游の捨て台詞の意図は判明しない。どうでもいい、あの怒りを帯びた瞳にとどめられた主語以外、いまはなにもかも。
為替相場の四字を無視し、わたしはかったるい公民の授業から飛び出した。後方に向けられる好奇や驚きの視線も、わたしの全速力には到底追い付かない。だってゴールになにがあると思う?
無我夢中に走った。あのやわらかな眼差しを、影を思い出しながら。門をくぐり公園を横切って遊歩道を通り抜ける。信号に進路を阻まれて足踏みしていると、不意にある欲求が生まれた。
わたしはそれにしたがって携帯電話をひらく。下に一回右に二回、親指が完全に記憶している電話帳の中の一行。コール音が数回聞こえて、繋がったと思ったら――すぐに、切れた。
刹那、不安が全身を駆け巡る。
次の瞬間、聞こえるはずのないものが聞こえてきたのだ。もしもし、と。
「なに、授業サボり?」
游はわたしの背後に立っていた。ドラッグストアの袋を提げて。
「なんでここに……」
「頭痛薬切れてて。羽那は?」
もしかして見舞いに来てくれたとか、と笑う。緑に変わった横断歩道のまえで、わたしは游にすがりついた。
「あいにきた」
わずかな照れのあと、そりゃどうもと游は言う。
「それよりさっきの。なにがちがうんだっけ」
「なんの話?」
「ちがうよ、ってわたしにいったじゃない」
頬が火照っていた。
「そうだっけ? それより行くとこないならうちくれば」
ほらねいつでもこうやって、輪郭を与えてはくれないんだ。だからわたしはとらえどころのないひとを好きになるほかないし、いつか忘れようと思ってもゴミに出せるようなものはなにもない。この道路が、季節の風が薬局の袋が経済の授業でさえ、わたしにいつまでもあたたかな過去を呼び起こさせるのだろう。かたちを持たないあなたの満ち足りたふるまいが、わたしを毎日恋に落とす。
[09/01/18]
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