敗者たち /11


 家の方向が逆、というのは小中学生にとっては結構いろいろと影響が大きい。いつも名残惜しくて校門の前で立ち話をしてしまう。
「冴莉、一緒に帰ろ」
 憧子さんと「シマウマの皮膚は何色か」について喋っていると、羽那ちゃんに後ろから背中を叩かれた。中田さんもいたからわたしがいちゃ邪魔なのではと少しためらったけど、憧子さんも話を切り上げたので応じることにする。
「じゃあまたあした」
「うん。バイバイ」
 さよならをつたえあうこの時間、わたしは必ず不安な気分になる。そう漏らすと羽那ちゃんはおかしそうに笑った。
「またあしたって言ってるんだから、幸せな別れだよ」
「……そうだけど」
 わかっている。続きがあるさよならの貴重さ、幸福さ。だけど、だからこそ、この幸福を失ってしまうのが怖い。今はまだ次があるけど、いつかそうでない日がやって来る。ぜったいに。そう考えると毎日繰り返される小さな別れが、本番への予行練習に思えてしまうのだ。
「いいよねふたりは」
 わたしはどれだけ羨ましそうにしてしまったんだろう。羽那ちゃんは歩みを止め、中田さんも怪訝そうな面持ちになる。なんで、と尋ねる羽那ちゃんの声はかすれていた。
「だってふたりは恋人同士でしょ? 卒業してもきっと会いつづけられる繋がりじゃん。なんで友達にはその強い繋がりが与えられないんだろう」
 自分がまずいことを言ってしまったのが空気でわかる。でもわたしはひるまなかった。教えてあげようか、と羽那ちゃんが消え入りそうな声で呟く。
「友達は代わりがいるからだよ、きっと!」
 そして走り去っていってしまった。中田さんはわたしに目配せしてごめんと謝り、そのあとを追っていく。


 游がわたしに追い付いたのは文房具屋の裏にある児童公園だった。逃げ足速すぎ、と息を切らし額に汗をにじませながら、苦笑いを浮かべるその姿が色っぽくてどぎまぎする。黙ってベンチに腰掛けるとすぐに隣も埋まった。游のこういう所をわたしは好きになったのだ。
「……私がハッキリしないからダメなんだよな」
 そんなことないよ、と言ってあげたかったけどむりだった。事実だから。事実は否定できないから。
 付き合っているといってもまだ「仮」の状態なのだ。とてもとても脆い関係。それに冴莉にはああ言ったけど、わたしは本当は彼氏彼女の方がずっと代用のきく立場だと思っている。
「游はまだわたしを」
 友達としか思えない?と勇気をだして聞くつもりだったのだけど、游の冷たい手がわたしの首筋にあてがわれたところで言葉を続けられなくなった。全身に鳥肌が立っていく。
「なに?」
 尋ねるが早いか游はわたしの体を強く引き寄せて首にキスを落とした。思考回路が停止する。ショートする。固まっていると游の唇の柔らかさはうなじから背中へと移動していった。その感触にわたしは思わずぎゅっと目を瞑る。舌の熱が加わった刹那、ようやく理性を取り戻した。
「やっ……だめ、だれかに見つかったらどうするの」
「そのときはそのときで」
「なにいってんの……っそれに、あとついちゃう」
 髪で隠せば、と答え游は耳を喉を、鎖骨をゆっくり攻めてくる。矛盾も甚だしい。
「ずるいよこんなの」
 游はわたしの指を一本ずつ口に含んだ。数年後にはどこかの男のモノにその位置をとってかわられるのかもしれないと思うと吐きたくなる。
「うん、知ってる」
 泣きながらも必死で声を抑える自分が悔しかった。
「ごめん」
 さすがに公園じゃこれ以上は無理か、と行為を止めた游は寄りかかるわたしにまず謝る。わたしには怒っていい理由が山ほどあるしこんな姑息な行動――なのに、怒れなかった。游もそれをわかっていたんだろう。わかっていて謝ったのだ。
 公園を出て少し歩くと別れ道につく。冴莉の気持ちが理解できたような気がした。同じ方向に歩けなくなるのが、怖い。一時的にでも、永久的にでも。
 じゃあねと手を振り合い家路を辿る。部屋についたわたしはベッドに直行した。
「きのうはどうもありがとう」
 翌日笑顔で礼を述べるわたしに冴莉は変な顔をしたけど、ちょっと目を細めると即座に頷いた。やっぱり髪なんかじゃ隠れっこない。


[08/11/??]
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