わすれないでいよう /8


 あの子の字はかわいらしい容姿に似つかわずとても凛として立派だ。筆跡は人格を表す。占いとは比べ物にならないくらい信憑性が高い。
「……なんだこれ」
 一枚の紙。デジャビュに襲われた。――ちがう既視感なんかじゃない。


 芳田くんにあげられなかっただからしょーこちゃんに代わりにあげる。あまりに早口で頭のなかで整理するのに時間がかかった。返す言葉に戸惑いながらも手を伸ばすと冴莉はあいまいに笑って豪華な缶入りチョコレートを差し出す。幼稚園児だった当時でもさすがに気が引けた。一度は首を横に振ったけど、いいからいいからと押されてしまう。
「……まだいるよ芳田くん」
「ううん」と五歳の冴莉は私の手をとってわらいかけた。「もういいの。憧子ちゃん食べて」
 ありがとう、と声を絞り出した私の足元に折り紙が舞い落ちる。冴莉が慌ててしゃがみこんだ。いじわるでそして無知だった私は小さな冴莉の左手から水色を抜き取る。
「もしかしてラブレター?」
 でも、一応、罪悪感みたいなものも感じていたのだ。冴莉は本当は芳田くんにバレンタインというイベントを捧げたかったはずなのに、私なんかになってしまって申し訳ない、って。だけどそれは次の瞬間さっとぼやけていった。
 しょうこちゃんへ。
 たったの八文字がそこには懸命に書かれていたのだ。私はえっ? と思って幼稚園指定の深緑色の帽子を被る冴莉に視線を向ける。返ってきたのは短く太い怒りだった。


「ばか!」
 なに勝手に読んでるのと細い叫声が上がる。だって机の上にあったから。我ながらかなり筋の通った理屈だと思うのだけど。
「言い訳は結構でーす」
「冴莉むかしバレンタインに男子に渡せなかったチョコくれたことあったよね」
「え?」と冴莉は目を見開いた。「そんなことしてないよわたし」と言葉を切る。「……憧子さんにあげたのは覚えてるけど」
 今度は私が固まる番だった。教室の喧騒が遠退く。十年前の冴莉に、淡い恋心みたいなものを抱いた。


[09/01/23]
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