If it is You will be /4
携帯電話をマナーモードにし忘れていた。「ボーイフレンド」は羽那自身に頼まれて設定した電話着信音だ。
説教を受けたことはさして問題じゃない。センセイ方が好む人格を作るのは得意なのだ。生徒指導室にはじめて入れたことにもすこしだけ感動した。もっとも、殺風景なただの小部屋だったけど。
そんなささやかな感動をかっさらっていったのは、学級担任の「没収」の一言。黒い手袋のなかのLEDの光を、私は見えなくなるまで睨み付けていた。
もちろん悪いのは私だ。校則違反を取り締まられて文句は言えない。
「電源切ろうにも勝手に開くわけにいかなくて……なんっども鳴ってたわよ、羽那ちゃんから」
預かり人だった顔見知りの事務員さんの言葉にも、だから罪はない。
ほんとうにおびただしい数の着信履歴にぞっとしながら私は校門を出た。当然、足は自宅と逆方向に向いている。
いつも羽那と別れる商店街の噴水の前で立ち止まった。もうすぐ知り合って三年に手が届くというのに、私は羽那の家にいったことがないのだ。
相手を多少踏みにじっても開き直ってしまえるところに、顔が見えない会話の怖さがある。電話をかける勇気はとてもじゃないけど出ないので、携帯のアドレス帳に入っている住所を頼りに彼の地を目指すことにした。
そうして案外すんなり辿り着いたのは10階建てのファミリーマンション。階が上がるにつれ部屋数が少なくなる三角形の構造に、日照権という単語がふと浮かぶ。エレベーターではなく階段で7階まで上り、私はさらに現実逃避を重ねた。
しかしどんなに逃げようとも淵にはぶち当たる。いざその青い扉を前にすると緊張で胃が締め付けられた。学校を休んだ女子の家に初めてプリントを届けにきた近所の中学生男子の気持ちがいま、痛いほどわかる。チャイムが押せないのだ。続けて、押そうか押すまいか迷っているうちに手が滑って電子音が静まり返った廊下に響く、というお決まりも演じてしまった。
心臓が迅速に動きだす。思考がはからずも洒落になるくらいそのときの私は取り乱していた。ついでに言うなら聞かなかったことにしたくなる、且つしてほしい駄洒落だ。
「こんにちは游ちゃん、羽那なら部屋にいるからどうぞ入って」
スピーカーから流れてきた羽那のお母さんの声が私をますます混乱に陥らせる。返事をできないでいると「あ、うち玄関モニターついてるのよ」と心を読まれた。
と、いうことはもしかするといままでの様子も筒抜けだったのかもしれない。けどそんなことはないと思うことにした。人間、自分に都合がいいように考える癖がある。
私はチャイムの上の小さなレンズを見上げ、おじゃましますとだけ力なく発するとドアノブを引いた。すでにどっと疲れている。
あまり、いい予感はしなかった。
最終関門突破、と思ったのが間違いだと1分も経たないうちに気づく。それはかわいらしいネームプレートがさがった部屋の扉だ。
「羽那?」
さっきからなんども呼び掛けているのだけど、うんともすんとも返ってこない。羽那のお母さんはどこかへ出かけてしまった。
――どうしよう。
眠っているなら今日のところは辞退するべきだろうか。でももし起きていながら私を無視しているのだとしたら? 携帯の液晶にずらりとならんだ羽那の名前が思い出されて、私は項垂れた。そのとき。
がたん、となにか――おそらく木製のベッドだろう――がきしむ音がした。部屋のなかで。
その音にけしかけられるかの如く、扉を開けろと脳から命令を下された私の運動神経と、「開けないで!」という羽那の叫びに従おうとする反射神経、さてはやいのは?
[08/10/13]
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