となりにいると信じてた /3


 好きです、付き合ってください。眼前の文句がこの世で何回目のものか、想像し始める前に気が遠くなる。ため息とともにその手紙を意識から追いやった。私のなかでは六回目か七回目だ。
「あいかわらずモテるね、游は」
 ガシャンとシューズロッカーの閉まる音にかぶさり、となりの羽那が呟いた。慣れっこになったはずのセリフが、心なしかいつもより神妙にきこえてすこしうろたえる。白い封筒をブレザーのポケットに押し込んだ。こんなうすっぺらい紙きれに託せる程度の思いなのだろうか。
「男子にモテるならともかくさ、……女子校でもないのにばっかみてー」
 さすがに言い過ぎたかな、と自覚もした。わずかな静寂のあと羽那の目が光る。
「女子校ならいい、っていうのはどうして?」
 思わず、は?と声が漏れた。どうしてなんて、わざわざ理由を説明すべきことだろうか。羽那の口調はだけど本物だったから、私は言葉を継ぐ。
「だって男がいないから代用を求めるわけじゃん、女子校では」
 始業五分前のチャイムが聞こえてきた。ふうんと一度鼻をならしたきり黙りこくっている羽那を早くと促し靴を履き替える。小走りになり階段に急いだけど、ついてくるはずの音がついてこない。振り返って羽那をよぶと、かえってきたのは冷ややかさを含んだ問いかけだった。
「いままで告白されたひとと、付き合おうとか思ったことはない?」
 せわしない朝の足音が両脇を通りすぎていく。腹のなかがざわざわと波立った。遅刻の危険を冒してまでなにを言うんだこいつは。
「はなしはあとで聞きます。ほら走れば間に合うから」
「いま聞いて!」
 羽那の叫びに昇降口が一瞬だけ静まり返る。が、生徒たちは気にとめている暇もないとばかりに次々と走り去っていった。
「……そういうのどうでもいいんだよ、いまは。ましてや同性の恋なんて偽物だし」
「その手紙を書いた子は、本当に、本当に游が好きなのかもしれない」
「こんな小さい紙に収まる本当ですか」
「大きさなんて問題じゃない、手紙を読んでもらうこと、思いを打ち明けることにどれだけの勇気が必要だったと思う?!」
 羽那がどんどん声を張り上げるのを見て私は眉を寄せた。言っていることの意味は、理解できる。だけどなぜ、「いま」「羽那が」それを主張するのだろう。
「とうとい勇気すら、游は気にも留めないんだ」
「なにが言いたいんだよ羽那は!」
 情けないことに、私は自分の口から出た声の大きさに肩をすくませてしまった。事務員のひとがまじまじとこちらに視線を寄越す。羽那は目にうっすらと涙を浮かべてスカートの裾を握りしめていた。あとでアイロンをかけるのが大変だろうな、と私はぼんやり、そしていやに冷静に考える。もう駆け足で校門をくぐってくる生徒はいなかった。
「游のこと、好きな女の子がいる」
「え?」
 そのときの私は相当間抜けな顔をしていたに違いない。だって予想だにしていなかった話の流れ。青天の霹靂とでもいうのだろうか。
「同性の恋がニセモノだなんて、そのひとを見たらきっと言えない。彼女はかなしいくらい本気だよ。三年間ずっと、かなわないと知りながらずっと」
 音楽記号で表すなら、フォルティッシモにクレッシェンド。加速を続ける羽那に私はひるんで唾を呑んだ。 「直接すきなひとの有無を尋ねられたことも、目の前で結婚願望を述べられたこともある。そのたび……彼女は、必死に笑って、游と別れてからうずくまってたんだよ、わかる?」
 わかる、いくらなんでもわかる。腑に落ちないのはだから、どうして「いま」「羽那が」――。
「游はどうせ」
――からだの奥では、とっくに感付いている。思考より先に。
「彼女の気持ちだって、なんとも思わないよね。封筒をてのひらにおさめるくらい一瞬で、わたしを切り捨てるんだ!」
 頬を濡らして叫び終えると、羽那は上履きのまま来た道を引き返して走っていった。ひとりでは広すぎる廊下で、取り残された私にやたらと大音量のチャイムが降りかかる。
 ああ遅刻だ、後々に響かなきゃいいけど。羽那のことを聞かれたらなんて言えばいいんだろう。私の頭がまず紡いだのはそのふたつの懸念で、三番目にようやく、自分は白状な奴だなあとしみじみ呆れるのだった。


[08/10/11]
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