止められない止まらない /1


 その男子は游の背中を豪快に叩いて走り去っていった。
「ったく、小学生だったら帰りの会で摘発されてるっつーの」
「……また不思議な怒り方で」
 小学生だったら、では正しくない。游じゃなかったら、だ。
 游は男の三人兄弟の下に生まれた末っ子。游のお母さんはたいそう喜んでつつましく可憐な女の子に育てたかったらしいのだけど、……過去形と逆接が示す通り。
「たまには女らしくして男子らを驚かせてやれば?」
「やだよ、私がそんなことしたら気持ち悪いじゃん」
 そう力無げにいう声は聞いていて悲しくなる。男の子のなかで育ったから、言動は「女らし」くない。男の子のなかで育ったから、自分が女の子であることを一番意識している。
「お嫁に行けないかもよ?」
「あのな」と本気の怒りを僅かに含んだ声。「いつまでもこのままじゃないし」
 大切なひとの幸せが自分の幸せ、なんてわたしにはとても言えない。このひともいつか紅を引き、純白の衣装を纏って、目を細めながらライスシャワーの中を歩むのだろう。わたしはそのときどこにいればいい?
 「女の子」になんてならないで。儚すぎる時間が、目まぐるしい日々が、永遠に止まってしまえばいいのに。
「ま、もしも行き遅れちゃったらさ」
「なに?」
 游の目が丸くなる。透明なマスカラを塗られた睫毛は、可愛らしく天を仰いでいた。
 同じ性に生まれたあなたが好きです。だけど。
「わたしがもらってあげるよ」
「なにそれ」
「……お婿さんとして」
 はは、と渇いた笑いのなかに、わたしの願いがさらさらと消えていった。


[08/10/01]
かっぱえびせん
2style.net