a Traveling girl
このせわしない雰囲気は文化祭前日の準備中のそれと似通うところがあるかもしれない。保護者席は徐々に埋まり、かっちりとしたスーツを着込んだいかにもな来賓もパイプ椅子に深く腰掛けている。本日の主役である卒業生はあと10分足らずであたしたちブラスバンド部の演奏をBGMに入場してくるだろう。先に席に着いた在校生の話し声や管楽器の音色のなか、先生だけがあわただしく駆けまわっていた。
「来年はあそこにいるの、あたしたちなんだよねえ」
前の席のシホが振り返って言う。おそらくこの時期全国の中学二年生の八割が口にする言葉だろうとあたしは見当を付けた。
「ね、ほんっと早いよ。あたしは一生中学生でいたいなあ」
「私も私も!」
シホがどれだけ本気で同意を示したのかあたしには量れなかった。幼さゆえに訳もない恐怖を感じることもなく老成した世界を見ずにすむ中学生という年代は、だからこその不安定さもあるのだけど時々とても心地良い。
「あと一年経ったら」ととなりのマリはスコアをめくる。「……あたりまえだけどさ、あたしたちもう、ここにはいられないんだよね」
本当にそれは、あたりまえのことだった。今まで悲しいと思う余裕もなかったほどに。なのにどうしてだろう、あたしは体の芯が急速に冷やされていくような恐怖に襲われた。楽器を持つ手から力が抜けかけ、慌てて押しとどめる。
いつか今のメンバーと離れ離れになっても自分は絶対に平気だと思っていた。どれほど辛くても別離なんて後々には痛みを残さないのだから、と。たしかにそれは真実だろう。だけどただの結果論でしかない。
「いやー、悲しいこと言わないでよマリ!」
「ほんとほんと」と言ったあたしの声は震えていた。「一年しか、じゃなくてまだ一年も、あるんだから」
「さすがアスカ、前向き」
それほどでも、とおどけると数倍の笑い声が返ってきた。このくだらない笑いもばかげた日々の会話もうすっぺらい友情論もたったの一年後、確実に終わってしまう。そう思うとなぜか今までとは一転して自分が今いるこの場所が途轍もなく愛しくきらびやかなものに見えてきた。あたしたちは毎日毎日幕切れに向かっているんだ。卒業式という場でそれを怖いくらいリアルに感じてしまったあたしは、泣きながら式に臨む先輩たちの姿を眺めながら、心臓をわしづかみにされるような息苦しさをどうしてもぬぐうことができなかった。
[08/03/18]
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