リクエスト「手紙」
ゴーイング・メリーゴーランド


【まあちゃんへ。Aさん最近またハブられてるけど、なにかあったの?知ってる? なな】
【Dearなな それわたしも気になってた。なんでだろうね? でもあの人たちのことだから、たいした理由はないのかも。 Fromまどか】
【まあちゃん 言われてみればたしかにそうかも。まあちゃんはAさんのことどう思う?やっぱりウザい?】
【DeaRなな わたし小学校別だったしよく知らないんだよね。でも特に嫌な感じはしなかったから、いじめられてるっていうのが意外だった。こっちからも質問。そもそもAさんはなんでいじめられ始めたの?】
【小学校の頃(六年)、クラスのリーダー格の子にみんな従ってたんだけど、Aさんはその子の悪口をこぼしてクラス全員的に回しちゃったの。リーダーだった子は違う中学に行ったけど、協調性がないと思われて今でもAさんにはよそよそしくする子が多いみたい。 ななより】
【ななへ☆そうなんだ。ベタだけど女子ってこわい。でもAさんってそういうことする人だとは思わなかった。まどか】
【まぁちゃんへ☆でも本当に嫌われてたのはリーダーの子のほうなの。みんなAさんの言った悪口には同意したけど公言はできなくて、リーダーは激怒するもんだからご機嫌取りにAさんを攻めざるをえなかっただけ。もうその子いないのにAさんはいまだにいじめられてて、よく考えるとかわいそう。なな】
【ななへ そーなんだ。でもさ、それだけのことを二年も引きずらないんじゃない?Aさん自身にも何かしら原因があるのかも】
【まあちゃんへ ……そうかもね。それでもいじめる側が悪いと私は思うな。それより来週の土曜日どうする?】
【For→なな そりゃあ加害者が悪いよもちろん。でも100%ってことはないんじゃないかなって。 あー、土曜日楽しみだね!どこ行く?そういえば新しくできたキ  】


 わたしの名前とななの名前とななの筆跡。そこに本来なら存在すべきもうふたつ、わたしの筆跡とわたしがこの手紙のやり取りをした記憶はどこにもない。
 ななが落としたクリアファイルから床に散らばったたくさんのかわいらしいメモ帳。不意に目に入った文字にわたしは固まった。
「読んだ?」
 上手く表現できない、抑揚のない冷淡なななの声。私はこわばる顔に必死で笑みをかぶせ冗談めかして言った。
「え、なあに読まれたらまずいことでも書いてるのななは?」
 それでも十年来の付き合い、竹馬の友の目は伊達ではない。ななは瞬き一つせず鋭い目線でわたしを見た。
「見たなら見たって言って、まどか」
 びくんと心臓が跳ね上がる。初めてななに呼び捨てにされた。それがななのどんな心情を表しているのかわたしにはとても計り知れない。わたしはわたしとななしかいない暗い教室の黒板に残されたふざけた落書きに目をやりながら、一心不乱に今この場にふさわしい言葉を探したのだけど――そんなものあるはずがなかった。少し考えれば分かることだ。結局わたしの口をついて出たのはありふれたなんのひねりもない一言。
「見た。だれ、Aさんって」
「ごめんなさい」
 ななはそういうと突然その場に泣き崩れた。ごめんねごめんね、とうわごとのように繰り返している。
 わたしの胸をある予感がよぎっていった。まさか、と否定の材料を見つけようとすればするほどその予感は本物であることを思い知らされる。
「ねえなな、Aさんってもしかして」
 そこまで言うとななは怯えたように顔を上げた。続きを言わずとももう返事は見えている。
 ななはいっそう声高に泣き出した。ところどころに悲痛な叫びが混じる。ごめんねまあちゃん、まあちゃんには味方でいてほしかったの、まあちゃんが手紙くれてるって思い込むとちょっと救われて、勝手に一人で二人分の手紙書くなんて、ありえないし非常識だって分かってたけど、分かってたけど、……。
 ななは教室の床にぺたりと座り込んで、それはもうまるで幼い子供のようだった。
 わたし達は小5で初めてクラスが離れても飽きずに毎日一緒に下校していた。思い返してみるとななの口からクラスの話題が出ることは滅多になかった気がする。
 どうして気付いてあげられなかったんだろう、ななが抱えているくもりに。ななに冷酷な仕打ちをする誰かよりも、誰よりも近くにいながらななの苦痛を察することが出来なかった自分に対しての怒りが先立った。
 そしてその次に湧いてきたのは、言い表すとすれば嬉しさ。不謹慎だと思うもそれ以上に幸運だと考えてしまう自分がいた。大好きなななだけど、わたし以外の誰かになら傷つけられようと一向に構わない。むしろそうなることを望んでいたと言い換えても間違いではない。
 傷を負ってわたしのところに来てほしい。わたし以外の誰かなんて信用しなくなればいい。今まで目を逸らしてきた汚い汚い独占欲がわたしを侵食していく。ななはそんなわたしの葛藤を知る由もなく、ひたすら無垢な涙を流していた。
 そのとき教室のスピーカーからチャイムが流れ、いつもは気に留めないその響きがなぜか全身に染み渡るような快さを残した。音が止み、ななはおずおずと口を開く。
「本当にごめんね、もうまあちゃんも私のことなんか……嫌いだよね」
 ななが視線を下げるのを見て、わたしはそれまで抑えてきた衝動に抗えなくなった。
「そんなわけない」
 ななの細い体をできるだけそっと抱きしめる。小刻みな震えが徐々に静まっていくのを受け止めながら続けた。
「誰がなんと言おうと、私はななのことずっと好き」
 ななは私の胸元にしがみつき、ありがとう、と声を漏らした。その声の汚れのなさに私は良心を痛め後ろめたい気持ちにもなったけど、どうしたって結局は満足感が勝るのだった。
「新しいキディランド行こうよ、土曜日に」
 ななからの返事は、うん、とごくごく短いものだったけど、私はその中に込められた眩しさに目がくらみそうになった。
 土曜日、ななとお揃いのレターセットを買おう。それで今度は本当に手紙を交換するんだ。便箋はそのうちなくなるだろうけど、その時はまた二人で買いに行けばいい。  


[08/03/27]
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