効率の悪い願いごと
定期試験が終わったあとのなにもかもが爽やかに見える数時間。それだけに落差はひどかった。
「違うよ、あたしはそういうことを言ってんじゃない」
「ああそう。もうさあ、なんでもいいよ。いいけどなんであんたはそんなに意地張んの?」
ユウカちゃんは呆れ顔で言った。疲れ切ったように頬杖をついて。あたしはついに頭に血が上った。ほとんど逆切れだけど。
「べつに意地なんか張ってない。ユウカちゃんのバカ!」
あたしは声を荒げたけどユウカちゃんは痛くもかゆくもないようで、ただ困ったものを見る目つきでため息をついただけだった。
「いつもそうやって突っ掛かってくるよね。自分がへりくつ言ってるってわかんない?」
「ユウカちゃんにそんなこと言われる筋合いないよ」
「ほら、図星指されてわけわかんないこと言ってるじゃん。…っていうかさあ」
ユウカちゃんは全部、わかってやっている。
あたしが自分勝手な理由で怒っていることをよく分かって、あたしの急所を確実に突いてくる。
「ミサキはあたしのこと嫌いなんじゃないの? 最近よく怒ってくるし」
ユウカちゃんが面倒臭げに言ったその一言にあたしは全身を竦ませた。心臓が動いているのかいないのかさえ認識できない。それにしては指先の冷たさはおそろしく明瞭。
「そっちこそ意味わかんないこと言わないで!」
あたしは自分が上げた声の大きさに面食らった。ユウカちゃんもさすがに驚いたのかびくりと肩を震わせ、顔を上げて目を見開いた。その瞳には明らかに怯えと不安の色が浮かんでいる。どんなにキツい言葉を発したってユウカちゃんはあたしのことを、たぶん半分くらいは無自覚で好いてくれているのだ。
あたしが勢いよく席を立つとユウカちゃんはなにか小さく声を漏らし、ますます困惑して瞬きを繰り返した。
「なんにもわかってくれないんだから」
あたしがわかってほしいことは。
あたしはユウカちゃんに背を向けると足早に家路を辿った。いつもなら二人で通る見飽きた歩道を歩いている間中、ユウカちゃんのある一言が耳にこびりついて離れなかった。
――ミサキはあたしのこと、嫌いなんじゃないの?
何よりショックだったのはこの言葉が疑問系だったこと。あたしだったら、あたしのこと嫌いなんじゃないの、なんて怖くて絶対に聞けない。もしその場の流れと勢いのせいでも首を縦に振られたら……考えるだけでもぞっとする。
嫌いだったらつまらないことで喧嘩をふっかけたりしないしそもそも話さない。たびたび絡むのは自分に意識を向けてほしいから。至って単純だ。ユウカちゃんは賢いのにこんなに単純なことにも気付かないのだろうか。
生徒指導の先生に奇麗事を述べる器用さの半分でも、ユウカちゃんの前で持つことができたらどんなに楽かと思う。ユウカちゃんと並んで笑顔で歩くことが自分にとっての最上の幸せなのに、どうしてそれに反するような行動を取ってしまうんだろう。
うつむいて歩いていると不意に耳慣れた旋律が耳に入ってきた。「朝のパン」、ユウカちゃんとお揃いにした携帯の着信メロディ-。送信者の名前を見てあたしはこみ上げてくる嬉しさを隠せずに頬をゆるませ、なのに携帯の電源を切っていた。完全に無意識だった。
どういう思考が働いてユウカちゃんからの電話に出なかったのか自分でもまったく理解できない。もう頭にそういう行動パターンがプログラムされているんじゃないかとさえ思う。
あたしは携帯の電源を入れなおし、バカみたいだけどさっきは自分で断ったユウカちゃんからの連絡を待ち焦がれた。
(あたしのこと嫌いにならないで。お願い)
そして今ユウカちゃんがあたしのことを考えてくれていたらいいなあと、贅沢かつ切実な望みを抱えながら横断歩道の白線だけを選んで大股で渡っていった。
[08/03/11]
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