雨と泣く



 瀞霊廷と流魂街を隔てる門周辺はぼんやりと霞んで、薄暗かった。
 降り続ける雨は数日間降り続いたにも関わらず、止む気配を一行に見せはしない。この調子だとまだ数日は降り続ける事だろう。

 鉛色の雲に覆われた空と止む事無く降り続ける雨に憂鬱な気分を覚える――と、日番谷は思った。決して雨が嫌いな訳ではないが、こう数日間延々と降り続けられたら気分が鬱になると言うものだ。小さく溜め息を吐いて、脇に抱えた傘を持ち直した。
 すぐ傍に咲き乱れる黄色い小さな花達も降る雨に力なく下を向いている。そして、その菜の花の中にポツリ、と立ち尽くす影を見つけた。
 探し人である事は間違いないだろうと妙な確信を持って、日番谷は菜の花畑を横切る。
 死覇装が花に溜まっていた露を含んで濡れるが、気にしている場合ではない。目の前の人物は日番谷とは比べ物にならないくらい全身、びしょ濡れなのだから。


「雛森」


 俯いていた影が顔を上げた。声をかけた人物を認めて、困ったように小さく、口端に笑みを浮かべた。


「…日番谷…君。どうしたの? こんな所に」
「それはこっちのセリフだ。お前ン所の隊員が血相変えて、俺のトコ来たんだよ。“雛森副隊長、知りませんか?”ってな」


 “お前がいなくなったら、俺のトコ来れば良いと思ってやがる”と悪態を吐きつつ、日番谷は手にしていた傘を広げて差し出した。


「え……良いよ。もう…意味もないし」


 “ね?”と問うように首を傾げれば、間を入れずに即答で馬鹿か、と返される。“酷いなぁ”と呟きながらも、桃が傘を受け取った。


「で? お前はこんな雨の中、傘もささずに、わざわざ潤林安で何してんだ?」
「ちょっと……気分転換に」
「嘘つけ」
「嘘じゃないよ、本当。気分転換……したくなったの………」


 呟いて、再び俯く。


「隊員が一人……死んだの」


 ポツリ、と呟かれた言葉は降りしきる雨に紛れて地面に落ちる。
 ザアザアと降り続ける雨の音だけが唯一の音源の中、日番谷が口を開いた。


「…あぁ、知ってる」
「副隊長なのに………守ってあげられなかっ…」


 語られた言葉は小さな慟哭で。
 聞いている方がやるせない思いに駆られる。
 全身びしょ濡れで、頬にも沢山の雨が伝ってはいるものの、あの伝っている雫の大半は雨ではなく、涙だろう。それを隠す為に、雨の中一人で立ち尽くしていたのだろう。


「………」
「守ってあげなくちゃいけないのに……」
「雛森」


 ポツリ、ポツリと語られる言葉を遮って、日番谷が声をかける。


「自分を責めるな。誰にだって失敗はある」
「だけど!」
「お前は万能者か? 何でも自分で出来るのか?」
「それは……出来ないけど……」
「俺だって出来ねぇ。隊長だろうが副隊長だろうが新人だろうが、出来る事と出来ない事はある。今回の事は悪い偶然が重なった結果だ。死んだ隊員の事を忘れろとは言わねぇ。だけど、忘れるな」


 声を荒げず、淡々と日番谷が語る。


「死んだ奴一人じゃないんだぞ、お前の部下は」
「……」
「お前を知らないか、って聞きに来た奴な。“多分、何処かで泣いてると思いますから、早く探してあげて下さい”って言ってたぞ。例え見えなくても、お前が泣いてるのは嫌なんだそうだ」
「……え」
「“僕等が行っても、副隊長は無理して笑うだろうから。日番谷隊長が行った方が良いんです。泣くのを我慢する必要はないんですから”。そいつ等が言った言葉だぞ」


 日番谷の口から語られた言葉に、桃が顔を上げた。


「お前の部下は皆、お前の事好きなんだ。さっさと戻ってやれ」
「……………うん」


 小さく桃が口元に笑みを浮かべた。それを見やって、日番谷も口端を軽く上げる。


「でも……でもね?」
「うん?」
「もうちょっとだけ……もうちょっとだけ……ここにいる。彼も………私の部下だったから……」
「……」
「お別れ……をね」
「あぁ、分かってる」


 短く言い切って、日番谷が桃を抱き寄せた。
 桃の方が背が高いから決して楽な格好ではないけれども、それでも日番谷の優しさに甘えて、ポタリポタリと涙を零す。
 泣く影と、抱き寄せる影を隠すように、雨は辺りを覆い隠して降り続ける。



END


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